はなれられない絵画達
蒼井どんぐり
はなれられない絵画達
「全く、いつも豪勢にやるのね。私の時代には誕生日会なんてやらなかったわよ」
「ローズおばさま、また苦難の時代自慢ですか? 古臭い考えは早く捨ててくださいよ。何十年もみっともないです」
「うるさいわよ、エミリー。だってあんたの時代にもなかったでしょう」
「いや、私の時はありましたね。20歳になる時は綺麗な宝石だってもらいましたのよ。貧乏時代の人と比べないでくださいよ」
赤いカーテンのかかった大きな部屋、そこから聞こえてくるのは二人の女性の口喧嘩。今は食堂として使われている部屋の中央には大きなテーブルがある。その横を屋敷の召使い達が忙しなく行き交っている。
そんな様子を見ながら、ローズとエミリーは互いに小言を言い合うことをやめない。しかし、二人の声に気づくものはいない。それは二人がもう生きてはいないからだ。
「宝石って言ったって、そのくすんだ首のエメラルドでしょ? 地味な色ね」
「これは描いた画家が二流だっただけで、実物はもっと綺麗なんです!」
エミリーの首には精巧に描かれたエメラルドのペンダントが描かれている。豪華絢爛なドレスを着込んだ、彼女の肖像画だ。横長の部屋の壁に大きく飾られた絵。今から数十年は前に描かれたからだろう。少し色褪せている。
その彼女の横、不自然なほど仲良く飾られているのがローズの絵だった。エミリーの絵よりも数世代は前だろうか。エミリーの肖像画とは対照的に暗く、服も質素なものだ。代わりに黒い羽が怪しく飾られた帽子をかぶっている。まさしく魔女、と言った風貌だ。
「そんなチャラチャラした格好で肖像画を描いてもらうなんて。魔女としての自覚がなかったんじゃないの?」
「でもおばさまに比べ、私の方が生み出した呪文の方が多いですけどね。魔導書だって出版しましたし」
「あの奇書扱いされてすぐ燃やされた本でしょ? どうせたいして読まれなかったくせに。それに、呪文だって私の残した手記をパクっただけじゃない」
「そんなことないですよ? おばさまの手記、全然読めなかったし」
「まあ、学がないのね。さすが、ゆとり魔女世代」
「違いますー。おばさまの字が汚かっただけですー」
いがみ合い続ける二人。生前の魔力ゆえか、はたまた互いのプライドがなせる執念か、絵画に宿ってしまった魂の喧嘩が人知れず響いている。罵り合うその言葉のせいか、二つの絵の周りには禍々しい空気が立ち込めている。
その二枚の絵の様子などいざ知らず、部屋の中ではいそいそと準備が進められている。部屋の入り口のドアの上には、可愛らしい紙でを切り貼りして作られた「お誕生日おめでとう。ユミ」という文字が見える。
「わぁーすごいー!」
そんな忙しない部屋に、突然愛嬌のある声が響いた。扉の前にいつの間にか少女が立っている。今日の誕生日会の主役でもあるユミだ。可愛らしい黒い服に身を包んだ少女は文字を指差しながら、眩いばかりの笑顔を見せている。
「これ、ユミの誕生日のために? すごいすごい!」
「ああ、だめよユミちゃん。せっかくお屋敷のみんなでユミちゃんのためのサプライズの準備だったのに」
少女の後ろから、困ったような表情の彼女の母親が近づく。母親は彼女を部屋から連れて出そうとするも、ユミはそれをスルッとかわし、この部屋の中を好奇心のままに駆け出していく。
「まあ、可愛らしいわね。さすが私の一族の娘。おてんばなところなんて、私の子供の頃にそっくりだわ。ふふふ」
「いや、おばさまの小さい頃はただただわがままな人だったって、家族史にしっかり描かれていましたよ……ってあれ?」
エミリーが気づくと、いつの間にかユミがじっと二つの絵画、彼女達の方をじっと見つめていた。好奇心旺盛なその瞳はキラキラと輝いている。二人はたじろぎ、口をつぐんだ。
「ねえ、この大きな二つの絵はなあに?」
ユミが二人の絵画を指さして、つぶやいた。
彼女を追いかけ続け、息が切れ切れになっていた彼女の母親は「ああ、それ」と言った。
「私たちのご先祖さま達よ」
「ご先祖さま?」
「お祖母ちゃんのお祖母ちゃんのもっと、もーっと前のね。お二人はこの村のみんなのことを魔法で救っていたと言われていてね。魔女だったみたいなの」
「すごい! じゃあお母さんも私も魔法を使えるようになる?」
「うーん、ごめんね。それは言い伝えで残ってるだけだから……」
困った顔でユミの母親は言い淀んだ。
「ふん。言い伝えじゃなくて本当に魔女はいたわよ」
「でも、もうきっとこの時代には魔女なんて忘れられているんですよ」
「あなたたちの世代が怠けていたんじゃないの? 私たちの時代なんて魔女といえばそれはそれは敬われてた対象だったんですのよ」
「いや、私だって天才魔女って言われて、たくさん弟子もいたんですよ」
「じゃあ、あなたが教えるのが下手だったのね。弟子から後世に全然受け継がれてないじゃない」
せっかく静かになっていたにも関わらず、二人の口喧嘩が再び始まる。いがみ合う二人の周囲に再び禍々しい空気が立ちこみ始める。そのせいか、不思議と絵がガタガタと震え出しているかのようだ。
そんな様子とは裏腹に、ユミは二つの絵を羨望の眼差しで見つめていた。
「すごい! 魔女! 魔法!」
「うーん、なんかこの二つの絵、一緒にあると不気味ね……」
まるで睨み合う猛獣のように、今にも動き出しそうな二枚の肖像画を前に、ユミの母親は訝しげに見つめる。彼女は準備に奔走する召使いを一人呼び止めた。
「ねえ、ちょっとこの二つの絵、少し離して、あっちの方にかけておいてくださらない?」
「え、この絵ですか? わかりました、奥様」
不思議そうな表情を浮かべた召使いは二人の絵に近づき、絵を外そうとし始めた。
「ふん。これでやっとせいせいするわね。さっさとそっちにいっておしまい」
「こちらこそ。おばさまと話していると疲れるんですから。これで気が楽になります」
離れる最後の最後まで、互いに小言を絶やさない二人。そんな声など聞こえない召使いが粛々を作業を進めていると、
「だめ! はなさないで!」
と、突然叫ぶような声が聞こえた。
声の方に一同が目を向けると、さっきまで二つの絵を見上げていたユミが頬を膨らませ、精一杯目に力を入れて睨んでいる。どうやら怒っているみたいだ。
「え、どうしたんですか? ユミ様」
「その絵を離しちゃダメ!」
「え、あ、この絵ですか?」
「そう! ダメなの! ダメ!」
「どうしたっていうのユミちゃん。みんなを困らせちゃ駄目でしょ?」
「ダメダメダメなの〜!」
首をブンブンと振り回し頑なに意思を主張するユミ。それにまたもや振り回されて困惑している母親。そんな二人の姿を見ながら、どうしたら良いか、手を止めて静止し続ける召使。
「ど、どうしたのかしらね?」
「わ、わからないですが、もしかしてあの子、私たちの姿が見えているんじゃ……」
「……」
「……」
ユミの駄々にたじろぎつつ、もしかしたら声を聞かれていたかもしれないと気づいた二人は仲良く口を閉じた。魔女とも気高い人間が罵り合う姿を晒している、という事実に、今更ながら恥を覚えたのだろうか。互いに気まずさから、さっきまでの勢いはなく、ただただユミの様子をじっと見つめていた。
しかし、そうしていると、今度は駄々を捏ねていたユミがまたじっと二つの絵見つめて指差した。
「あ、だめ! もっと話して! 不思議な絵、話して!」
「え、やっぱり離すの? どっち?」
「ダメ離しちゃダメ! でも話して欲しいの! 不思議な絵!」
「あの、奥様ユミ様、どちらにすれば……」
「もっと話して! あ、離しちゃダメって言ってるでしょ!」
わがままを突き通そうとする少女、止められない母親、どうしたらいいかわからない召使い。そんな混沌な様相を察したのか、他の召使いたちもどうしたのだろうと、心配して寄ってきている。
「やっぱりあの子、私たちのこと見えている……のよね?」
「あの子、もしかしして魔女の力が宿っているんじゃありません……?」
「そうかもしれないわね……。なんだ、私たちの力、少しでも生き続けているじゃない」
この時代には確かに魔法も魔女も忘れ去られている。それでも二人の成した事の芽がこんな形でも残っているのは、どことなく安心感を覚えるのだろう。自分たちの生きた証が少しでもここにある。
愚痴をこぼしながらもその気持ちは同じなのか、二人の声は落ち着いて聞こえた。
「でも、私もちょっと安心しました。あの出来の悪い弟子達、ちゃんと血統を残していたのね」
「あら、やっぱりあなたと同じ、バカ弟子ばかりだったんじゃないの」
「弟子をまともに取らなかったおばさまに言われたくないですけどね。人に教えるのってどれだけ大変か分かってます?」
「それを言ったら、私の時代なんて呪文も魔法も作り出さなきゃいけなかったから、そもそも独学で手探りだったのよ。教える前に作り出す必要があったの。私はクリエイターなのよ。クリエイティブ魔女なの」
「へえー、通りで呪文も全部読みずらいと思ってましたよ。どうせ好きな言葉ばっかり繋げたんでしょ。もっと洗練した唱えやすい言葉にしてくれたらよかったのに」
ホッとしたのも束の間、またもいがみ合う二人。禍々しいオーラがさっき以上に立ちこみ、壁一体がなんだか黒く渦巻いている。
「すごいすごい不思議な絵! 喋る魔女の絵! すごいすごい」
「何言ってるの、ユミちゃん?」
「魔法の絵。このお家すごいすごい!」
そんな二人の様子を満足げに見つめていたユミは、また部屋中を駆け出し始めた。
「ああ、こらユミちゃん。また走らないの。みんなの邪魔になるでしょ?」
と母親が彼女の後を追いかける。
忙しなく絶えない喧嘩の声と、進む誕生日会の準備。毎度のことだが今日も変わらずその喧騒は続いていくのだろ……って、あれ?
「おばあさんは一緒にお話ししないの?」
いつの間にかユミが私に話しかけてきた。二人の魔女の絵とは反対側にある、私の肖像画。まさか。これでも気づかれないようにしていたのだけれど。意外にも魔力の素養がとても高いらしい。
「うーん、私はねえ、遠慮しておくわ」
「ふーん。そうなんだ。なんでぇ?」
「いや、だって、ねぇ……」
反対側の壁に目を見やると、二人の魂は変わらず喧嘩を続けている。
あんな声を毎日聴いてたらこっちがおかしくなるわよ。
魔女としての自覚があるなら、もっと厳かに過ごして欲しいんだけども……。魔女としての心得でも、口伝でもいいから残しておけばよかったかしら。困った後輩達だこと。
「寂しくないの?」
ユミちゃんが心配そうに私の絵を見つめていた。
「ふふ。そうでもないのよ。見てるだけでも何かと騒がしいしね」
この家を建て、魔女と呼ばれるようになり、人生を全うしてからもう数百年。ただ眺めるだけでも賑やかすぎるくらいのものを見てきた。
「ユミちゃん、どうしたの?」
「おばあちゃんとお話ししてたの!」
「おばあちゃん?って、ってこの絵? そういえばこの絵、いつから飾られているのかしら……」
そんな言葉をこぼし、母親はユミを連れ、部屋から出ていった。
再び目の前には部屋の飾り付けやら料理を並べたりなど、慌ただしい様子と共に私の後輩達のうるさい声が続いていく。
魂がここに留まってから、何度も見てきた光景だ。
きっと後世の一族の姿を気にかけてしまうのは魔女の性なのだろうか。どうせあの二人も成仏できないというより、離れられないのでしょう。後輩のことが気になってしまうだけじゃないのかしら。
魔女はみんなきっとおせっかい焼きなのだろう。だから、ずっと一族のそばを離れず、心配で、見守り続けてしまうのだ。
<了>
はなれられない絵画達 蒼井どんぐり @kiyossy
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