未来の握手【KAC20245】

長多 良

未来の握手

「初めまして田中です」

『山本です。よろしくお願いします』


 私達はがっちりと握手を交わす。


 握手で相手の人となりが分かるとは言わないが、

 力強く握り返されるその感触は、少なくとも、相手のやる気を感じられる。

 これから一緒に仕事をしていく上では大切なことだ。


 と言っても私の前には誰もいない。


 私は今VRゴーグルにVRグローブをつけて、自宅で打ち合わせを行っている。

 相手もどこか別の場所で、同じような格好をしているはずだ。


 ◆


 世界的な感染症が流行った時に、一気にオンライン会議が普及したが、

 会社の偉い人たちは不満だったらしい。


「やっぱり直接会って話さないといい仕事はできない」

 と信じているようだ。


 しかし、オンライン会議も便利ではあるので、

「オンラインでも直接会ってるように感じたい」

 というニーズが生まれた。


 そして開発されたのが、この「バーチャル握手グローブ」だ。


 相手の手の動きを正確にトレースし、

 本当に手を握られ、手を動かされるように感じる。


 冗談みたいな装置だが、

 とある巨大企業の社長が

「これだよ!握手こそ商売の基本だ!」

「おや?御社はまだこれを導入していない?

 そんな意識の低い会社とは・・・」

 と言いだしたら、驚くような速さで世間に浸透した。


 今では会議の時に、これで握手するのが普通の事になった。


 そして、広く普及すると他の用途にも使われるようになる。


 ◆


『ねぇ・・・ずっと私の手を離さないでいてね』


 つき合い始めたばかりの恋人が電話口でそうささやく。


 それを聞く私の左手にはバーチャル握手グローブが付けられている。

 恋人の手の感触を感じながらその手を握る。


 この機械のせいで、恋人同士離れていても、

 ずっと手を繋いでいる事が出来るようになってしまった。


 別に恋人の事が嫌なわけではないが、

 四六時中これは、つらい。


 しかし断るのも印象が悪いし・・・相手が飽きるのを待つしかない。


「もちろん、ずっと一緒だよ」


 私はもう一度手を握り返した。



 了

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