瑛人のホワイトデー2024

大田康湖

瑛人のホワイトデー2024

 バレンタインデーのクイズ騒動から一月経った3月14日の昼休み、小学五年生の荒城あらき瑛人えいとは幼なじみの西松にしまつ菜々ななにメールを送った。

『今日の放課後、筑紫つくし勇磨ゆうまと一緒におまえん家に行くけどいいか?』

『いいけど、どうして筑紫君も一緒なの?』

九美くみしおりのことでちょっと聞きたいことがあるんだ』

 菜々が『なるほど』と書かれたスタンプを送ってきたので、話はそこで終わった。


 放課後、瑛人は勇磨と一緒に5階建てマンションの前に立っていた。

「ここが俺の家。301号室がうちの部屋で、菜々は501号室に住んでるんだ」

「そうか、君んちに来たの初めてだったね」

 確かに瑛人と勇磨はクラスメイトだが、サッカーやスケボーが好きな瑛人と、読書やイラストを描くのが好きな勇磨は接点が少ない。しかし、今回は勇磨のたっての頼みなのだ。

「うちは親が共働きだからさ、親の仕事が遅くなると、同じ幼稚園の菜々のお母さんが代わりに迎えに来てくれて、そのまま菜々の家で遊んでたんだ。だから菜々のことはよく知ってる。でも、九美と菜々が仲良くなったのは俺が学童に通ってたときだから、九美に本命の相手がいるかは知らないぞ。大体、どうして九美にチョコをもらったんだ」

 瑛人の問いに、勇磨はランドセルから小さな箱と紙の手提げを取り出した。

「九美さんは絵本や童話が好きなんだ。僕の母さんは絵本好きで、うちの美容院にもたくさん置いてあるんで、九美さんがカットに来るときに時々絵本を貸してたんだよ。そしたら、こないだのバレンタインデーにもらった箱に、チョコと一緒にこれが入ってたんだよ」

 勇磨が箱を開くと、手のひらに収まるほど小さな本が入っている。中のページもきちんと描かれ、読むこともできそうだ。

「うちにある絵本のミニチュアだよ。すごくよくできてて、どうやって作ったか気になったんだ。九美さんにホワイトデーのお返しをして、もっと仲良くなりたいんだよ」

「九美ってそんな特技があったんだ、すごいな」

 瑛人も自分の手提げ袋からスイーツショップの紙袋を取り出した。

「菜々は変なクイズばかり出してさ、バレンタインのチョコも昼休み中に見つけたら、おまけで自作のクイズ本をプレゼントするつもりだったってさ。正直、見つけなくて正解だったよ。それじゃ菜々を呼び出そうか」

 そう言いながら、瑛人はマンションのエントランスに入った。


 瑛人と勇磨はエントランスのインターホンで501号室を呼び出し、エレベーターで5階に上がった。緊張しているのか、勇磨はクッキーの入った紙手提げを腹の前で握りしめている。

「俺はアシストするけど、決めるのはお前だからな、しっかりやれよ」

 瑛人はそう言うと501号室の前で立ち止まり、チャイムを鳴らした。


「いらっしゃい」

 ドアを開けたツインテールの女の子の後ろに、前髪をヘアピンで留めたショートヘアの女の子が立っている。瑛人は驚いて呼びかけた。

「菜々、なんで九美までいるんだよ」

「しおりに聞いた方が早いから、呼んどいたよ」

 得意げに胸を張る菜々を見て、あきれた瑛人は思わずドアノブから手を離してしまった。背後で勇磨のうめくような声がする。

「離さないでよ」

 振り返ると、勇磨が閉まるドアに挟まれそうになっていた。

「大丈夫?」

 あわてて駆け寄るしおりに、勇磨は紙袋を差し出しながら頭を下げた。

「九美さん、絵本のミニチュア、ありがとうございます。僕にもあの本の作り方、教えてください」

「九美は手先が器用なんだな。勇磨も絵がうまいから、今度絵本を描いてもらえば?」

 瑛人は勇磨を助けようと後押しするが、しおりは戸惑っているようだ。

「え、あの豆本のこと、みんなに話しちゃったの。話さないで欲しかったのに」

 勇磨はあわてて謝った。

「瑛人にだけだよ。本当にごめんなさい」

「でも、豆本を気に入ってくれて嬉しいな。こんど家にある豆本を見に来てね」

 しおりは紙袋を受け止ると勇磨に笑顔を見せる。勇磨はようやく挟まっていたドアから玄関に歩を進めた。

「もちろんです」

「良かったな、勇磨」

 瑛人は勇磨に呼びかけながら、スイーツショップの紙袋を差し出した。

「菜々、いつもの奴。母さんがよろしくってさ」

「瑛人ったら、照れちゃって」

 菜々は紙袋を受け取ると呼びかける。

「みんな、ママがコーヒーを用意してるから中に入って」

(今年のホワイトデーは賑やかになりそうだ)

 瑛人はしおりと勇磨のまんざらでもなさそうな表情を見ながら心でつぶやいた。


おわり

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