わたしたちのこと、絶対にはなさないでね?
黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)
第1話
気が付いたら知らない場所に私は居た。
私は、誘拐されてここに来た。
日常が崩れる瞬間はいつだって急に来る。日常が『もうそろそろ限界なので明日崩れます』なんて言う訳がない。
それでも、急に捕まって別れも言わずに急に押し込められて同じ境遇の皆と一緒に売り飛ばされるなんて思ってもみなかった。
あっという間。
身代金要求なんて無くて、戻れる機会も用意されなくて、もう家族と会えないんだと、今こうしてつかまっているのが夢じゃないんだって、わかるまで時間がかかって、分かった時にはもう知らない場所で、もうどうやっても戻れなかった。
誘拐された。売られた。ここが何処かわからなくて。心細くて。泣いても帰れなくて。悲しくてどうしていいのかわからなかった。
それから数日、食事は用意されたけど味は分からなかった。いつも食べていたものの味を思い出そうとして、自分がそれを味わっていなかった事に気が付いてまた悲しくなった。
そんなある日、あの人はやって来た。
私を死ななければそれでいいものだと、商品としか思っていない奴隷商人。その後ろにあの人は居た。
奴隷商人に金を払って、私を檻から出してくれたその人を私は最初、疎ましく思っていた。
檻の中から出してくれても結局私は籠の鳥。私を帰してくれないのだから。
結局、私を帰してくれはしなかった。
もしかしたら帰したかったのかもしれない。
けれど、私の故郷が何処なのか分からないから帰したくても出来なかったのかもしれない。
そんな風に今になって思う。
あの人は私を奴隷としてではなく自分と同じ一人だと思って接してくれた。
おいしいごはんを作ってくれた。
安心して眠れる場所を用意してくれた。
私の故郷について調べてくれた。
そうして私の故郷の味を探して一生懸命再現しようとしてくれた。
誘拐されてから今まで私は不安でいっぱいだったけれど、そこで初めて安心出来た。
もう戻れないのなら、帰れないのなら、ここで一緒に暮らし続けるのも良いと思っていた。
あの日までは。
わたしたちのこと、絶対にはなさないでね? 黒銘菓(クロメイカ/kuromeika) @kuromeika
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。わたしたちのこと、絶対にはなさないでね?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます