本編

…しばらく渋谷の街並みに溶け込むことを楽しむ。

SNSで何気ない日常を投稿する為に優菜と二人で写真を撮り、淡い光に包まれたウッド調の雰囲気のカフェへ二人で入り、大学であった何気ない事や彼氏のちょっとした愚痴と最終的には自慢話、バイトを始めようかと思っている事を時間を忘れ延々と話す。


2人のテンションが落ち着く頃には22時近くになっていた。

優菜「面白かった、そろそろ帰ろっか?理央も明日早いでしょ」

理央「うん、そうだね。」

優菜は練馬の方に住んでいる為、帰る方向は別だ。大江戸線の改札まで見送ると、田園都市線の改札まで向かう。

数分ホームで待つだけで次の電車が来る、本当に便利だな、と一年経った今でも思い返す事がある。

そうだ、さっきのカフェの事投稿しておこ。

ふっとiPhoneを取り出しSNSの画面を開く。


赤い、つま先が二つ。


ぎょっとした、夕方にふと渋谷の路地で見た光景が一気に蘇り、バッと顔を上げる。


5.6歳くらいの女の子が目の前に立っている。

えっと…迷子?でもこの時間に女の子一人で渋谷?

頭の中が混乱していると女の子がやけに響く声で話しかけてきた。


「かくれんぼ、しよ」


ゴクっと喉が鳴る、何でいきなりこの子…母親とかは?

うっすらと黄ばんだ白いTシャツ、決して綺麗とは言えない髪の毛が女の子の年齢が何歳か判断するのを鈍らせている。

人間、パニックになってしまうと本当に声が出ないんだ、と自分の中に冷静な自分がいた。何とか声を絞り出す。


理央「えっと…お母さんは?一人?」


そういうと女の子は笑う。

子供らしい笑顔ではなく、どこかバカにしたような卑屈な笑みを口元に浮かべる、この年齢の女の子がしないような。


「ひひゃっ!私が鬼ねっ!いひひゃっ!」


そういうと一目散に駆け出す。帰宅するサラリーマンやOLがうわっと女の子にぶつかりそうになっていた。

怖かった…恐怖と言うのは直面している時間は襲って来ず、ゆっくりと後から忍び寄ってくるものだと理央は実感した。

だが女の子の走り去る所を見て、同時に安心もしていた。

女の子が駆け出した時に周りの人間が避けていた、と言う事は私以外にも見えている、幽霊やよくSNS上で流れてくるような怪異の類ではないのだろう。


ヘンな子…でもああいうのって最近じゃ普通なのかな。

そう思った瞬間に田園都市線の車両がスピードを落としながら入ってくる。

何とか座席は確保し、緑色の背もたれにゆっくりと背中を預けた。



……――(数日後)

渋谷からそう遠く離れていない大学に理央は向かう。

通学時間は人混みもピークを迎え、普段は通勤ラッシュを避けているのだが今日だけはどうしてもこの時間に乗らなければならなかった。

硬い鞄が腕に当たる、ちょっとこのおじさん近い近い…もう、だからこの時間は嫌なんだよなぁ…

そう言いながらふとぎゅうぎゅう詰めの車内に目を向ける、人と人の間…この間見た笑顔があった。


……あの女の子だ。


にっと笑みを浮かべながら若い女子高生とおばさんの間に出来た隙間からこちらをじっとこちらを見つめ、ねっとりとした笑顔を浮かべている。

初夏で朝日が昇り段々と町の温度も高くなってきた中、ましてやこんなに人だらけの車内で、一斉に全身の鳥肌が立つ。

なんで?と言うのが真っ先に頭の中に浮かんできた。

この間も感じた事ではあるが明らかに幽霊ではない、現に今もこうして満員電車にこの子も一緒に揺られている、おばさんに押しつぶされそうになりながら小さい体を必死に捩っている。


理央はまだ起きたばかりの意識がはっきりと覚醒していくのを感じていた。

きっとこの子も通学で…それで渋谷で降りるんだ、そういう子もいるもん。

何か嫌な、べったりと黒く張り付く考えを遠ざけようとポジティブな考えを張り巡らせる。


あの女の子はくねくねと器用に体を捩らせながら人混みをするりと、いや、まるで蛇のようないやらしい動きでぬるりと合間を縫ってこちらへ近づいてきた。


「見つけたぁ」


何を?え、なんで?

混乱し頭の整理が追い付かない中、車両は渋谷駅に到着した。

破裂寸前の車内だったが扉が解放されると一気に詰め込まれていた人間が外に出る。その波に飲まれながらも嫌な笑みは消えていった。


どん、と肩を押される。

50代くらいの男性が怪訝そうな顔つきで理央を見ると横を過ぎ去る、強い波に逆らえず呆然とした頭のまま理央は駅構内に取り残されていた。


ヘンな子に目、付けられちゃったな。


得も言われぬ、言葉にするとそういうような違和感と生理的嫌悪に包まれたまま、その日は一日過ごした。


確かに幽霊ではない、でもそれに近しいような恐怖心と強い不安を覚えるような女の子だった。何より顔が思い出せない、あのうっすらと口に張り付く様な笑顔、それもとびきりに下卑た大人しか見せないようないやらしい笑みしか思い出せないのである。


んー、もう忘れよう、渋谷駅であのヘンな子、有名だったりするのかな?

少し狭い湯舟をお湯を溜める。

半身浴の為にジップロックにiPhoneを入れるとお風呂の準備をする。


ここ最近大学で疲れてるから敏感になってるのかな、週末に優菜に会って遊んで気分転換でも


バン!!!


浴室の薄い曇りガラスのドアが揺れる。

シン…と静寂が流れる。

地震や何かものが落ちた音ではない、明らかに人間が、故意に、意図をもって扉を叩かないと出ない音が浴室に響く。


泥棒?家の鍵は閉めてたのに、なんで?窓から?


血の気が引くのを感じる、iPhoneをぎゅっと抱きしめる様にしながら扉を見つめると、曇りガラスに、小さい手形が映る。

浴室のガラスは半透明でハッキリと奥まで見えない、だがそこに誰かがいるのは感じる、人の気配だ。


大人ではない、そう、5.6歳の小さな、気配。


バンバンバンバンバン!

狂ったようにドアを叩くその小さい手形、そしてひとしきり叩いた後、ゆっくりとその小さな気配は口元を曇りガラスに近づけてきた。


あぁ、あの笑顔だ。


あの形容しがたい、子供では決してできないような悪意のある笑顔。


べったり曇りガラスに顔と手をくっつける。

透明なガラスではないのでその部分しか見えないが、そのいやらしい笑顔がニヤニヤとしながら動く、まるで浴室内で誰が、どんな格好で、どんな気持ちになっているのか全て分かっているように。


「おねえちゃんの、ばんだよ」


浴室のドアが、ゆっくり開いた。

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おねえちゃんのばんだよ 毘沙門河原ミシシッピ麗子 @0715daisukeabe

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