ささ、くれ
あがつま ゆい
謎の声「ささくれ」
「ささくれ、か」
領主の館には旅人や行商人、山菜取りに出かけた領人からの奇妙な報告が上がっていた。2日ほど前から「ささくれ、ささくれ」という何者かの声が聞こえる。というものだ。どうせただの聞き違いだろう。と思っていたら既に似たような報告が10件以上も挙がっている。
どうやら本当に「ささくれ」と言う何者かはいるらしい。
「父上、もしかしたら
「ふむ、お前の言うとおりだな。今の所実害はないが害が出る前に何とかしないとな。明日、兵3人と教会からアンデッドと戦える僧侶を集めるから討伐に向かってくれ」
「かしこまりました」
翌日。領主の屋敷の前には先日声をかけたメンバー、兵士3名と僧侶が集まっていた。しかし……。
「もう時間は過ぎているのに来ませんな」
「ジェラード様ったら寝坊でもしているんですかねぇ」
討伐隊の中心メンバーである領主の息子、ジェラードの姿が無い。
集合時刻である朝の鐘が鳴っても一向に現れなかった。
「悪い悪い、待たせたな。ここまで戻ってくるのに時間がかかっちまってな」
屋敷にいるのでは? と中に入ろうとしていた所、ジェラードがようやく姿を見せる。背には何かが入って膨らんだリュックを背負っていた。
「ジェラード様、遅かったですね。てっきり寝坊してたのかと思いましたよ。我々はいつでも出発できます。行きましょう」
一行はようやく町を出た。
町を出て歩くこと10分。森を切り開いて作った道を歩き、証言が正しければ声が聞こえるという場所までやって来た。すると……。
「……ささくれ……ささくれ」
「!! 出やがったな!」
声が聞こえてきた! 一行は武器を持ち構える……ジェラードを除いては。
「リクエスト通り、持ってきたぞ」
そう言ってジェラードはリュックから中身を取り出した。細長く緑色の葉……
「ジェラード様。それって、
「ああ。町の北にある竹林から採ってきたんだ」
今朝、遅れてきたのは
「もっと奥、西側に来てくれない?」
謎の声の言う事が変わった。一行は注意深く探りながら声に従う。すると……
「? おい、何だあれは?」
森の中に穴が開いていた。一行はのぞき込むと……。
「おお! 人だ! おーい! ここだよー!」
穴の中に誰かがいる! 地形で声が上手く反射するのか、声はハッキリと聞き取れる。
「おーい!
ジェラードはそう言ってリュックを穴の中に落とす。どうやら無事に届いたらしく、中身を取り出し食べているようだった。
「いやーすまないねぇ。お腹が減っちゃって減っちゃって倒れそうだったんだ。死ぬ前に食べたかったんだ」
ささくれ、つまりは「
「ロープはあるか? あと水筒も渡しておいてくれないか? 多分水もまともに飲んでないはずだから」
そう言ってジェラードは仲間から水筒を受け取り穴の中に落とす。予想通り、遭難者は受け取るとがぶ飲みし始めたようだ。
その後、ロープを持ってきての救助作業が始まった。相手はまだ体力に余裕があるのか、穴の中にロープを垂らすと自力で捕まり、引っ張り上げられることとなった。
晴れて地上に戻って来たその姿は、人間ではなかった。人間にだいぶ近いが、それでも人間には無い要素があった。
身体は白と黒のまだら模様。クマの耳と、その気になれば人間一人簡単に倒せる巨大な爪を持っていた。
「獣人か?」
「彼女は……レンシュンマオ、かな。図鑑で見たことがあります。実物を見るのは初めてですけど」
レンシュンマオ。
熊型獣人の亜種で、白黒の体毛を持つ珍しい種族である。
他の獣人同様に知能も知性も人間と同様に高く、意思疎通ための言葉は難なく使えるし複雑な交渉も出来るという。
「この辺りに竹林があるって聞いてやってきたんですけど途中で食料が尽きてしまって……。
空腹をごまかすために野草を食べてたら突然地面が陥没して穴の中に入っちゃったんです。いやー参りましたよ」
「そうか、災難だったな。自力で歩けるか? とりあえずうちの屋敷についたらそこで療養できるように言っておくから」
「いやー、ありがたい話ですねぇ」
一行は遭難者と共に町へと向かう。
2~3日穴の中で暮らしたと言えど、自力で歩ける程度には体力は残っているから町で少し休めば元気になるだろう。誰もが楽観視していた。
後に彼女は町の外交を一手に引き受ける事となり、一部の人間からは「パンダ外交」と呼ばれる物の始まりとなった。
ささ、くれ あがつま ゆい @agatuma-yui
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