二十九話 嫌う場所?

 同刻、石火矢宅の庭の木に一羽の鳩がとまった。片脚には紙が巻き付けられている。


 それを見つけたのは、部屋で仕事をしていた徳彦。彼は左腕を伸ばし、鳩を呼ぶ。呼ばれた鳩はその左腕にとまり、徳彦は巻き付けられた紙を外した。


「––––やっとか」



 各々の仕事をしていた望緒たちは、徳彦に呼び出され、先程の紙を手渡した。


「これ何?」


「文だよ。風宮からのね」


 “風宮”という単語に、三人は反応した。


「やっとお返事来たのね。まったく、相変わらずだわ」


「前に文送ってどんだけ経ったっけ?」


「えっと、だいたい一ヶ月ぐらい……?」


 飛希の返答に、望緒は小さくうわぁと呟いた。


 石火矢が送った文は、四家にとっては最重要とも言えるものだが、風宮は遅らせて返事をした。嫌味ったらしく。


「内容は普通なんですね」


「一応ね。ま、返事が来たんだから、行かないといけない。四日後にはここを発とう」



 四日後、望緒たちが行く準備をしていると、彼女たちが集まる部屋に、石火矢の当主が入ってきた。


「ああ、待ってたよ、父さん」


 望緒が不思議そうにしていると、真澄が微笑みながら説明してくれた。


「今回は気難しい方々の元へ行くから、お義父さんにも来ていただくのよ。私たちだけじゃ、相手しづらいから」


「へえ……」


「じゃあ、早速行こうか」


 そして徳彦に四人がくっつき、出水の時と同じように、風宮の地に降り立った。

 しかし、着くなり望緒は絶句した。


「……いやいや、おかしいおかしい」


 彼女の目の前に広がっていたのは、長い長い階段。明らかに老人が登れないような段数。比較的緩やかな斜頸だが、それでもこの段数は骨が折れる。


「階段の上に降り立つんじゃダメだったんですか!?」


「や、それがね……、前にそうしたら風宮の御当主に怒られてしまって……」


「なにそれ!?」


「とりあえず、登りましょうか……」


 言われ、四人は階段を登り始めるが、半分も行かないうちに脚が疲れてきた。まだ三分の一程であろうか。


 ––––三分の一も登ったことを褒めてほしい……。


 そんなことを思いながら半分、三分の二と登り進めていき、ようやっと参道までたどり着いた。望緒は息を整えつつ顔を上げるなり、目を輝かせた。


「すご……!」


 彼女が見たのは、美しい藤の花。木で作られた支柱から垂れ下がる無数のそれは、現実とは思えぬほどの美しさを放っている。


 藤の花は参道の上にあり、社まで続いていて、参道の外には紫陽花や向日葵などがいくつも咲いている。


「……?」


 望緒は何やら違和感を持つが、下駄の音がすると同時に、花に向けられていた意識はその音の方へと向いた。


 奥から歩いてきたのは、ガタイのいい老齢の男性。強面で髭は濃く、人相からして優しいとは到底言えないような雰囲気だった。

 後ろには数人、人がおり、飛希とさほど変わらぬ年頃の男女もいる。


「良く来たな」


 老齢の男性が言うと、徳彦は頭を下げる。ほか三人もそれに続いて頭を下げた。その時、隣にいた飛希が小さく望緒に話しかけた。


「ごめん、望緒。風宮ここは、君が一番嫌う場所かもしれない」


「?」


 彼女は言葉の意味が理解できぬまま、老人の言葉に耳を傾けた。


「お久しぶりです、風宮様」


「ああ、頭を上げろ。……そこの巫女は?」


「……預かり受けた子です。異空間から」


 徳彦の言葉を聞くなり、老人の片眉がピクっと反応した。だが、何を言われるでもなく、風宮の当主は身体を傾け、口を開いた。


「––––そうか、では石火矢の方々はこちらへ。ふじ、巫女にこの神社のことを」


「はい」


 飛希は若干違和感を覚えながらも、望緒にまたあとで、と言い、二手に分かれて各々の仕事をすることとなった。



「そ、それでは、神社の説明をさせていただきます……」


「はい……」


 そう言ったのは、先程風宮の当主に呼ばれた、風宮の巫女である風宮藤花という者。

 白藤しらふじ色の髪を肩甲骨の辺りまで伸ばし、サイドの髪に赤い組紐をとめている。巫女服は深緑色。


「あ、えと……こちらが社になります。ここに来るまで、皆さんお花を眺めながら歩くんですよ」


 ––––なんか、オドオドした子だなあ。こっちまで緊張しちゃう。


「ここの花、すごい綺麗ですよね」


「ありがとうございます。ここには藤以外にも、紫陽花や向日葵なんかも咲いているんです」


「あ、そうだそう!」


 望緒の急な声に驚き、藤花は縮こまってしまった。


「あ、ごめんなさい……。それより、なんで季節が全然違う花が咲いてるんですか?」


「そ、それは私たちの霊力で」


「と、いうと?」


「えと、霊力で花を咲かせるのを維持しているんです。もちろん、枯れますよ。ですが、枯れたら次、また枯れたら次……というふうにしているんです」


「へえ……」


 そんなことをしていれば、いずれ土も悪くなってしまいそうだが、そこも対策済みらしい。なんとも不思議な話である。


「ただ、曇りはあまり維持ができないんです」


「不思議ですね、水はあげてるんですよね?」


「はい。ただ、植物は水だけじゃなくて、日の光も必須ですから」

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清き者、穢れの者 榊 雅樂 @utasaka

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