第二章 風
二十八話 私だけじゃない
目が覚めると、外は明るくなってきていた。使用人たちが朝の支度をしている音が聞こえてくる。
望緒は身体を起こして大きな欠伸をし、布団を押し入れに片づけて巫女服に着替えた。
「おはようございます」
まだ眠たいのか、目を擦りながら真澄に挨拶を済ませる。
「おはよう、朝ごはんできてるみたいだから、行きましょう」
真澄に背中を支えられながら、望緒は居間へ向かった。
「望緒ちゃんに会わせたい人がいるんだけど、どうかしら」
「……会わせたい人?」
突然の提案に、彼女は目を瞬かせた。当の本人はと言うと、ニコニコとしている。
◇
「それで、会わせたい人っていうのは?」
二人は村へ来て、その会わせたい人がいるという待ち合わせ場所まで歩く。
「望緒ちゃんと同じ、向こうの空間から来た子よ」
「えっ、それってどういう……」
聞く間もなく、約束の場所に辿り着いてしまった。場所は団子屋。時代劇なんかでよく見る
真澄の背中から顔を覗かせると、そこにいたのは、一人の女性。見たところ、二十歳は超えているだろうか。
「紹介するわね、この子は
友奈と呼ばれた女性は、茶髪の長い髪をかきあげている、切れ長の目をした人。若々しい
「はじめまして、
「あ、はじめまして……神和住望緒です……!」
「じゃあ、私向こうにいるから、あとは二人で聞きたいこととか聞いて。終わったら呼んでね〜」
そう言って、真澄は甘味処の中へ行ってしまった。
––––甘い物食べたかったからここ選んだんだろうなあ。
望緒はそう思いながらルンルン気分で何かを注文する真澄を眺めた。
ふと友奈の方に視線を向けると、目がバッチリ合ってしまう。彼女はニコッと笑ってくれたが、望緒は気まずくなり、すぐに目を逸らしてしまった。
何を話せばいいかわからず、沈黙が続く。そんな中口を開いたのは、友奈の方だった。
「私ね、四年前にここに来たんだ。その時は十七歳だったかな」
「……なんでここに来たか、お聞きしても?」
「もちろん。私ね、母子家庭だったんだけど、お母さんは男遊びばっかりでさ」
話によると、彼女は成長する度に愛されなくなっていったらしい。理由は、離婚した夫の顔に似てきたから。
友奈はどうやら父親似のようで、年々顔がそっくりになっていき、不快に思われ、放置されがちだったそう。
望緒は離婚の理由は聞かなかった。友奈が言いたくなさそうに見えたから。
––––真澄さんは、なんで私とこの人を会わせたんだろう。
不思議に思いながらも話を聞いておく。今のところ、特に変わりはないが。
「それで、ボロボロの神社に立ち寄ったら、灯篭に火が着いてさ。気づいたらここにいたよね」
「あ、私と一緒だ」
「やっぱそんなんだ! 望緒ちゃんも真澄さんに巫女誘われた?」
「はい」
「やっぱみんなに言ってるんだ。すごいね、私は絶対巫女なんてできないや」
「今はどうしてるんですか?」
「近くの食事処で働かせてもらってるよ。結構楽しんだ」
友奈は大人びた雰囲気とは打って変わって、無邪気な笑顔を見せた。
「望緒ちゃんはさ、ここに来てよかったって思う?」
「え」
予測していなかった質問を投げかけられ、望緒は思わず声が出た。
「––––わかんない……です」
「そっかそっか。私はね、すごく楽しいよ。働くのは大変だけど、親のことをいちいち考えなくていい、友達も増えた。平凡だけど、前よりいい生活が送れてると思う」
そう話す友奈の顔は、嬉しそうだった。平々凡々な生活を喜ぶぐらいには、元いた空間での暮らしがきつく、つらかったということ。
「望緒ちゃんは、そういうのない?」
「私は……」
こちらに来てからというものの、未知の体験ばかりしている。優しさに触れ、時に元いた空間とは別のつらさを経験する。
それが、望緒にとっていい事なのかは、彼女にはまだわからない。ただ、少なくとも、前より笑う機会が増えた。これはつまり、そういうことなのではなかろうか。
「いい経験はできてる、と思います」
その返答に、友奈は優しげな笑みでそっか、と呟いた。
その後沈黙が流れていると、なぜか団子とお茶が運ばれてきた。横を見ると、ぜんざいを頬張る真澄が望緒たちの方をニコニコと眺めていた。
これは、彼女が買ってくれたものだろう。望緒と友奈は互いに顔を見合わせ、ニッと笑って団子を食べ始めた。
◇
「今日はありがとう」
「いえ、私も同じ空間をすごしていた子と話せて良かったです」
真澄と話していた友奈はふと視線を望緒に向ける。
「またね、望緒ちゃん」
「はい、また」
手を振られると、望緒も自然と笑顔になった。その日はそれで解散し、真澄と望緒は帰路につく。
「そういえば、連日巫女がいなくて良かったんですか?」
「ほんとはあんまりよろしくないんだけど、どうしてもお話はしてもらいたくてね。どうだった?」
「うーん」
これで何かが変わったようには感じなかった。だが––––
「私だけじゃなかったんだなって思いました」
「そう」
望緒の答えを聞くと、真澄は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
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