お姫様抱っこ
津多 時ロウ
勇者ゴリマッチョの冒険
俺は勇者ゴリマッチョ。
脂質ゼロの食生活で磨いた自慢の筋肉で、町の周りの怪物どもをムキムキしながら退治していたら、或る日、王様に「お前の筋肉を見せてくれ」と呼び出された。
そんなこんなで謁見の間でお偉いさんや兵士に見守られながら、うっとりポージングをきめていたら、やんややんやの大喝采の後に、ちっさい王様が言うのだ。
「お前に勇者っていう臨時公務員の仕事をあげるから、魔王に攫われた我が娘を奪還してきて欲しいのじゃ」
俺は自分の耳を疑った。
主に、給与が現物支給のひのきの棒五十本と既製品の布の服十着だったことに。
ひのきの棒五十本ぽっちじゃ俺の筋肉に程よい負荷はかけられないし、基本的に上半身は筋肉を着ているので、布の服よりもズボンが欲しい。
ところで魔王ってなに?
「隣の国の総務部長のことじゃ」
なるほど、総務部長か。
偏見かも知れないが、世の総務部長は大抵の場合、自らの筋肉に興味がなく、そして胃腸が弱い。
つまり、俺の筋肉なら勝てる!
こうして俺は旅に出た。
地元の道はよく分からないから国道を自転車で走り、お腹が空いたらコンビニで腹ごしらえ、眠くなったらマンガ喫茶で仮眠を取る。道中、皆が俺のことを見ていたが、きっと筋肉に見惚れていたのだろう。
そうして俺はついに、姫が囚われていると噂される市役所に辿り着いた。
敵のアジトといっても、いきなり殴り込むようなことはせず、先ずは受付で暇そうにしている中年男性職員に、ニッコリ笑って名刺を差し出すのがマッチョ紳士の嗜みである。
「あのー、すみません。私、ゴリマッチョと申しますが、こちらにうちの姫様がいると聞いてきたんですけど、面会することはできますでしょうか?」
「姫様、ですねー。えーっと、姫様姫様、と。……あー、失礼ですが、姫様とはどういったご関係でいらっしゃいますか?」
「あ、えーとですね、姫様のお父さんの部下です。ちょっと様子を見て来いって頼まれちゃいまして」
「つまり、身内ってことですね?」
「え? あ、いやー」
「身内ってことですよね?」
なんかもう面倒くさいから言う通りに返事しとけっていう圧が凄いぜ。
「あ、はい、そうです。身内です」
「身内の方ならしょうがないかー。姫様は本日は、出張所の方におりますので、そちらに行けば会えますよー。こっちから出張所に連絡入れておきますねー」
「ありがとうございます。いやー、なんか悪いですね」
「いえいえー、身内の方ですからねー」
そうして俺は
救い出したのだが、問題はここからだった。
「抱っこ」
「え?」
「抱っこしてくれなきゃ嫌」
「いえ、しかしですね」
お姫様を抱っこなんてしたら、あの王様になにを言われるか分からない。「嫁入り前の儂の娘を抱っこするとは何事か!」と激高するに違いない。或いは「儂もお姫様抱っこして!」とだだをこねるに違いない。一対一なら勝てるが、兵士たちに数で迫られれば、俺の筋肉の鎧でも負けるは必定。
ならば、抱っこするしかない。
「お姫様抱っこがいい。してくれなきゃセクハラされたってパパに言い付けてやるから」
なんて我儘な!
親の顔が見てみたい!
俺は渋々と姫の左脇から大きく包み込むように右腕をまわし、左腕は両膝の裏を通して、その体を掬い上げるように持ち上げた。
「落ちたら恐いから離さないでね。絶対よ」
そうして姫は俺の首に両腕を絡めた。
うん、これだと自転車こげないね。
やむなく国道わきの歩道をとぼとぼと歩くが、それでも怪物は襲いくる。
それらをお姫様抱っこをしながら足蹴にしつつ進むも、帰り道も半ばでおかしいことに気が付いた。
重いのだ。もはや出会ったときの姫ではない。
臭うのだ。もはや中年男性のカレー臭である。
俺は恐る恐る姫の顔を見た。
「離さないで」
そう言った姫の顔は――
「受付のおっさんやないかーい!」
『お姫様抱っこ』 ― 完 ―
お姫様抱っこ 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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