撫子先輩の秘密

カニカマもどき

撫子先輩の秘密

「今日見たことは、誰にも話さないでね」

 倒れ伏し消滅していく、"妖怪ろくろ首"を背にしながら。

 黒装束に身を包んだ撫子なでしこ先輩は、月明かりの下で、静かにそう言った。


 その翌日……



 ああ、話したい。

 先輩には「話さないで」と言われたが。

 ものすごく、誰かに話したい。


 この令和の日本に妖怪が実在し、時に、人に害を成していること。

 あの、"オカルト研の黒ダイヤ"こと撫子先輩が、夜な夜な、不思議な力で、悪い妖怪を退治していること。

 話したい。

 誰かと、このビッグニュースを共有したい。


 先輩がいつも寝不足気味に見えたのは、夜中に、人知れず妖怪退治をしていたためだったのだ。

 先日、先輩のポケットから、チラリと"くない"が覗いてみえたのは、気のせいではなかったのだ。

 かねてよりの謎が解けたことを、誰かに話したい。



 で。

 結局、話してしまった。

 話さずにいられた時間は約16時間か。短かったな。

 でも、やむを得なかったのだ。

 田中が、「最近ウワサになっている、通行人に砂をかける不審者の正体は先輩なのでは」などと言うから。

 先輩の名誉を守るために、やむを得なかったのだ。うん。


「話してしまったのね」

 気がつくと、先輩が背後に立っていた。

 さらに何故か、僕はいつの間にか、あの黒装束を身につけていた。

「その装束は、妖怪退治屋のあかし」

 淡々と、冷静に、先輩は語り始める。

「退治屋のことを知り、それを他者に話してしまった者は、退治屋の役目を引き継ぐことになっている。昔からそうなの」

 そんな。


「じゃあ、先輩が"話さないで"と言ったのは……」

 何も知らない僕が、退治屋になってしまうのを防ぐために?

 そう尋ねようとしたが。

 先輩は、僕の言葉など聞こえないかのように、そのまま語り続ける。

「自分から退治屋のことを話したり、ばらしたりした場合、役目は引き継がれず、話したりした相手の記憶が消える。今回の場合は、田中の記憶が消える」

 田中の。

「じゃあ、そういうことだから。役目は大変だと思うけど、体に気をつけて、がんばって」

 そこまで話すと。

 先輩は、引継ぎは全て終わったという様子で、一瞬、満足そうに微笑み――そして、去っていった。


 僕はしばし、呆気にとられて立ち尽くしていたのだが。

 まあ、考えてみれば、先輩が背負っていた大変な役目を引き受けることが出来たわけだし。

 不思議な力を使って妖怪から人々を守るという生活も、悪くはないと思えるし。

 先輩も、僕のことを気遣ってくれたし。


 これから先、大変なことは多いだろうけど。。

 妖怪退治の役目を、がんばってやっていけそうだと。

 僕はそう思った。



  ♦


 ああ、やっと役目から解放された。


 彼が、ちょっと心配だったけど。

 結果としては、まあ早かったな。

 私のときより早かったんじゃない?


 でも、それも仕方ないか。

 あんな事実を知って、ろくに説明もされず、「話さないで」などと言われて、それを守れる人なんて、そう居ないだろう。

 それを承知で、わざと「話さないで」と言ったのだ。

 日頃から寝不足アピールをしたり、"くない"をチラ見せしたりしていたのも、功を奏したのかもしれない。


 彼は、うまくやっていけるだろうか。

 まあ、あまり心配してもしょうがない。なるようになるさ。

 私は気にせず、存分に、久方ぶりの自由を満喫させていただこう。

 どこに遊びにいこうか。

 いやその前に、寝不足の解消が先か。


 ああ、素晴らしき自由。

 なんだか楽しくなってきた。

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