第12話 メレウトの生活(3)
ノートに、ペンを滑らせてみる。
「吾田 和巳」
しばらく考えた後に、自分の実家の住所を出だしだけ書いて、やめた。
今、
人の言葉を話す兎の妖怪まで出てきてしまっては、太刀打ち出来ない。
あれは本当に、齧歯類の兎の口だった。その口から、流暢な人の言葉が出てきたのだから、ここは、
(ここは、もしかして異界……現実の近くにある、現実ではない世界。それは間違いないようだ。この屋敷の住民達の言う、マヨイガというのは本当なのかもしれない。俺は、マヨイガについて詳しい知識は持っていないから……何とも言えないが。時間と空間において、迷子になってしまった屋敷……)
そこにやってくる
稀に、迷い込んできた人間もいたようだが、皆、試練を乗り越えなければ帰る事が出来なかった、試練とは関係なく屋敷から出ようとすると、悲しい遺体になってしまう……と。
「畜生ッ……」
言霊の事はわかっているが、そうせざるを得なかった。
とりあえず、ノートの書きかけの住所のページを破り捨て、ゴミ箱に入れる
(だけど、令和の貨幣が使われているということは、どこかに脱出口はあるはずだ。令和の時代に繋がる何かが……妖怪達が週に一回、訪問してくるのなら、次の訪問までに、手紙を書きたい。言霊って、なんだよ……)
この場合の、言霊の仕組みが理解出来ないので、住所を書く事までためらってしまうのだ。
そこで、
一階から順番に部屋を巡ると、
本格的な茶道具から、紅茶にマグカップまで、まず一通りのお茶やコーヒーが、壁面収納におさまっている部屋である。
ゆったりと腰かけられるソファと、低めのガラステーブルが設えられており、
「
「あれ、
「当番?」
「てっきりそうだと思ったけど……。土曜、遅くとも日曜までに、来週の当番の事について、屋敷の住民は僕に報告する事になっているんだよ。前にも言ったろ? 君以外は全員、畑の事とか掃除の事とか僕に報連相してくれている。それで、来週の当番の順番を決めていたところなんだ」
それで、自室ではなく、人が来やすい茶話室にこもっていたらしい。
「大変ですね」
「新入りの君ほどじゃないだろ……まだ、気を張り詰めているんじゃないか?」
「……」
それに対して、
太陽光発電システムということも考えられるが……。
郵便が使えるのならば、現実世界の親族や友達に、いち早く連絡を取りたかった。あの父が、拉致られ、窮地に陥っている自分を助けてくれるとは考えづらいが、父はともかく他の親族や友人達は、
「どうした? 僕に何か用事があったんじゃないか?」
「さっき、工具のカタログを見ていましたけど……」
「ああ、うん。文殊屋さんのね」
「今日、畑の農作業をしていて、草刈りの鎌の根元が、緩んでいたんです。それで、通販した方がいいんじゃないかと」
それは本当の事だった。鎌は、まだ使えるかもしれないが、少しガタがきている。いつまでも使っていては危ないだろう。
真面目に仕事をしたから気がつくことだ。
「鎌。それは危ないね。わかった、僕の方から注文しておくよ。気がついてくれて、ありがとう」
「あ、はい」
「だけど、今、通販って言っていたけれど……メレウトでは郵便は使えないんだよ」
「えっ」
「ま、当然だけどね。あらゆる時空から孤立しているから。だから、来週、文殊屋さんが来た時に、他の工具と一緒に注文して、届くのは再来週っていうことになる。さっき、カタログを見ていたのは、来週までに欲しいものがあったからなんだ」
「…………」
がっくりと、マグカップを取り落としそうな勢いで落ち込む
「そ、そうだったんですか……」
「外部と手紙で連絡でも取りたかった?」
あっさりと、
「何度も言うけど。そんなことをしたって無駄。600年以上昔から、ここに囚われている僕が言うんだから待ちがないよ。無駄なあがきをするよりも、誰かと本当に愛し合った方がいい」
「愛し合うって、誰と、どんなふうに?」
「……ま、それがわかったら、僕だってこうはしていないよ」
桜鏡 秋濃美月 @kirakiradaihuku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。桜鏡の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます