第11話 メレウトの生活(2)

 齧歯類の妖怪の行商人達は5人ほどでまとまって来ていた。

 遅まきながらヨウは、彼等、もしくは彼女等が来ている衣装に目をとめた。

 全員、紺色か鼠色の羽織だったり半纏だったり、動きやすい和装の上着を着ている。その下には浴衣のような着物を着ているようだった。中には兎やハムスターの短足に袴らしき衣装をはいている者もいた。


 そして全員、ヨウが時代劇の中でしか見た事のないようなものを背負ってきたらしかった。

 行李。

 行李を背負って来たらしく、その滅多に令和時代では見かけない竹で編んだ大きな箱の中から様々な食料や日用品を出して、大きな風呂敷の上に広げているのだった。


 兎やハムスターと言っても、最初は着ぐるみと思ったのだから、普通の人間の女性ぐらいの体格は持っている。


(なるほど、これが妖怪か……?)

 思わずしげしげと観察してしまうヨウだった。

 風呂敷や開かれた行李の上には、新鮮な食品や新しい衣服、それにコマゴマした日用品などが並べられてあった。後は、コンビニやスーパーでも見かけるようなよくあるカタログが数冊、重ねられてあった。牡丹ぼたんはそのカタログで、何か必要な品を探しているらしい。

 一方、瑠璃ルリは、自分が持ってきた手製の薬品と、畑で採れた薬草を、値切ろうとする齧歯類達と渡り合いながら、うまく高値で売ろうとしている。


 齧歯類とはいえ、妖怪達は計算高い上に薬品などの知識も相当あるらしく、瑠璃ルリと彼等の専門的な会話は用語の難しさもあって、ヨウにはよくわからなかった。


 だが、最終的に、瑠璃ルリと齧歯類達は、妥協できる金額を見いだして、そこでお互いに商売をした。不思議な事に、そこで使われていたのは、ヨウにはよく見慣れた令和の万札や千円札、それに五百円玉などだった。


(!!?? 妖怪が、令和の人間の金を使うのか……?)


 驚いていると、妖怪達の方から話しかけてきた。

「私達は文殊屋ってもので、メレウトさんとは三百年の昔からのおつきあいなんですよ……新入りさん、これからもよろしくお願いします」

 瑠璃ルリとの商売が終わった齧歯類は、そう言って軽く頭を下げてきた。


「話す兎なんて初めて見た……よろしくな。俺は、……さくらだ」

 自分の本名を教えるのは危険だと、散々、牡丹ぼたん達に言われている。ヨウは、自分からさくらというLadyに与えられた名を名乗った。

「よろしく、さくらさん」

 齧歯類は機嫌良さそうに、さくらの方にサービスの飴をひとつかみくれた。

うまく言えないが、漫画に出てくる大阪の商人あきんどのような空気感だ。


 飴を貰って、挨拶までされた手前、さくらの方も何も買わない訳にもいかない気分にさせられた。しかし、当座の手持ちの金はそんなにないし、今すぐ必要なものはない。……電話やその類い、もしくは郵便に関するものを探してみたが、ピンポイントにそれはなかった。


 かわりにヨウは、考えた上で、ノートとペンを買う事にした。

 やり方次第では、外部に応援を頼めるかもしれない。

 無論、そのためには牡丹ぼたんレンの目をかいくぐらなければならないが。


「ありがとうございます~」

 少額でも売り上げがあると本当に嬉しいらしい。

 一斉に満面の笑みになる齧歯類達。

 牡丹ぼたんはその頃になって、屋敷のメンテナンスに必要だと言うことで、工具などの注文を文殊屋達に頼み始めた。

 それを背にして、ヨウは、玄関のホールから食堂へとやっと向かう事が出来た。




 食堂では、百合ユリが料理当番になっており、レンが彼の作ったオムライスとサラダとコンソメスープの献立をテーブルに持って行くところだった。

 

メレウトでは、料理当番、掃除当番、畑当番……などと全ての家事や業務が曜日ごとの当番制になっている。

 バイトのシフト制に少し似ているようだ。週の頭までに執事の牡丹ぼたんに自分の予定を報告し、牡丹ぼたんはそれを聞いて、公平を心がけながら一週間の住人達の当番を決める。

 その当番をしなくていいのは、Ladyだけで、牡丹ぼたんが言うには彼女には彼女だけの仕事があるらしい。それはすぐには教えてもらえないようだ。


 今日は、ヨウが畑当番だったのだが、先に書いた通り、彼には薬草の知識などはまるでないし、畑仕事の経験もない。それで、草むしりだけさせられて、本来の当番の仕事は、レンが手伝ってくれたのだった。

 草むしりは草むしりで、手動でやった分、だいぶ体がくたびれた。

 手伝って貰った手前、農作業の道具の片付けぐらいは自分でやるとヨウが言い、レンは一足先に館に戻ったのだった。


「お疲れ様。午後からも、大変だと思うけど頑張ってね。これ、サービスだよ」

 百合ユリは、オムライスとスープの盆を彼に手渡す時、市販の100円台ぐらいのプリンを一つつけてくれた。恐らく、文殊屋から買ったものなのだろう。


「……ありがとうございます」

 微妙に子ども扱いを感じて、複雑な表情になるヨウ

だが、空腹で、甘い物が欲しかったのは本当だったので、拒否はしないでヨウは盆を持ってレンの隣のテーブルについた。


 レンは、ゆっくりと、百合ユリが作った黄色い卵でとじられているチキンライスを食べている。

レン、さっき玄関ホールで……」

「ああ」

 レンは、スプーンを止めた。


「また、本名を名乗ったりしていないだろうな?」

「……」

 ヨウはやや驚いたが、レンが自分を本当に心配しているらしいと感じ、頷いた。


「みんなに何回も言われているからな。さくらって答えたけれど……。なんでそんなに、名前にこだわるんだ」

「お前にはまだわからないかもしれないが、名前というのはそれだけで、巨大な魔力をこめた言霊なんだ」

 レンは食器を盆の上に置いて、ヨウの前に向き直った。

「自分の存在の根幹に関わる言霊。それを相手に知られたら、どんな呪詛がくわえられるかわからない。呪詛の恐ろしさは、生きている間は知らない方がいい」


「本名を呪詛に使われる……?」

「そうだ。だから、この屋敷においては、Ladyの決めたありがちなぞんざいな通り名でお互いを呼ぶ事になっている。本名には触れない、同じく、相手個人とは適正な距離を取ることが、何よりの掟になっている。掟を破ればどうなるかは……」

 レンは軽くため息をついて、肩をすくめたのだった。

 ヨウは、レンのいわんとしていることを考えようとして、やめた。

 メレウトにはメレウト内部だけで通じる様々な用語や因習があることは、この数日間で気がついている。

 この場合は、ヨウは拉致されてきた形だが、郷に入らば郷に従えという態度を取った方がいいのかもしれない。


 ヨウは、温かい百合ユリ手製のオムライスを食べながら、考え込んだ。メレウトの中で週に一回はしてきたことなのだ。百合ユリの料理の腕は人並み以上で、オムライスは幸せな味がした。


 うまい飯を食べながら、不愉快な話題をする必要もない。ヨウは考え込んでから、口を開いた。


「これ、うまいな。なあ、レンって、他に好きな食べ物とかあるのか?」

 当たり障りのない話題。レンは一瞬、秀麗な眉をあげたが、すぐに穏やかな声で答えた。

「クワイが好きだ。あとはゆべし、つみっこ……」


 そのまま好きなものの話をしてその場は終わった。

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