第4話


 アランは顔を画面に近づける為に屈めていた腰を伸ばしてラボの天井を見上げた。

「ソフィ。キミの言う事は正しい。だが、我々のこの世界も、さらに上位の存在によって作られたバーチャルなもので、我々もシステム上で動いているただのプログラムの断片に過ぎないって事もあるんだよな」

「えぇ、そうよ。その可能性は大いにあるわ。いえ、そうである事こそが当然ね。だから、なに?」

「いや、何と言うか……。何を言うべきかも、何も言わないのが正解なのかさえも分からないが……」

「簡単な事よ。私たちにとっての神である上位の存在に、【観察する価値のある面白い存在】だと思わせる生き方をみんながすればいいだけよ」

「キミが何を言っているのか、僕にはよく分からないよ」

「私が神として私のバーチャルアースを観察していて、強烈な個性に魅せられて個人を観察してしまう事はあるわ。そして『あぁ、この子に直接アクセスしたい』って思う事もあるの。だからね。上位の存在にそう思わせる事が出来たら、彼らからアクセスしてくる事はきっとあるわ。世界が幾重もの入れ子構造だったとしても、何も難しい事はないわ。入れ子構造の上位と下位にそれぞれアクセスできるようになったなら、とてもファンタスティックだと思わない?」

 ソフィはそう言いながら、ペン立てから音叉を引き抜いてデスクの角にコンとぶつけた。

「それは、なんだい?」

 ソフィが不意に取った行動を見て、アランは聞いた。

「音叉よ。いいでしょ。このシンプルな道具。ただ440ヘルツを生み出すだけの道具。落ち着く音よ、たぶん、世界の真理を表す音」

「440ヘルツ、か。その周波数が真理?僕にはよく分からないな」

「そうね。きっと、これは、私だけの感覚。分かってもらうのは難しいわ」

「そうか。それじゃ、僕はそろそろ行くよ。お邪魔したね。またね」

 アランはそう言ってラボを出て行った。


 一人になったラボで、ソフィはデスクの下からマジックハンドを取り出して、持ち手を握りそれを天井に差し向ける。右手でマジックハンドを掲げ、左手で音叉を鳴らす。すると、マジックハンドが中空で誰かと握手をしている感覚がソフィに伝わる。

「私のバーチャルアースの中に生まれる前の魂に私がアクセスするのは難しくないわ。でも、生まれた後の子たちに干渉する方法はまだ手探り。それと同様なのよね、きっと。この世界を管理している上位の存在と私がアクセス出来るのは、このマジックハンドを介してだけ。このマジックハンドとの握手で上位の存在は私とコミュニケーションを取ろうとしているみたいで、それはお互いに偶然の発見みたい。うふふ。興奮するわね。神との邂逅は偶然とロジックによって為されるのよ」

 ソフィは一人きりのラボで笑みを浮かべる。


「あぁ、もしかしたら、古代からあるシャーマニズムも何らかの偶然とロジックで出来上がっていたものなのかも知れないわね。あはは。そして、そうね。上位存在との交流は古代のシャーマニズムと変わらないかもしれないけど、神の実在と神の不在を同時に知ったのは私が初めてに違いないわ。果ての無い入れ子構造のずっと先に、たとえ真なる神がいたとしても、その神はさらなる上位存在の可能性を否定できないもの。神は実在するし、神は永遠に不在なの」

 ソフィは椅子から立ち上がろうと、中空に掲げたマジックハンドの持ち手に力を込める。

「離さないで」

 ソフィはマジックハンドの先の存在に語り掛ける。見えない手を掴んでいるマジックハンドは微動だにせず、ソフィを立ち上がらせる。

「話さないで。あなたからのヒントがどれだけ少なくても、私はあなたとこの世界の真理に辿り着いてみせる」


 立ち上がったソフィの腰の高さで、ディスプレイがバーチャルアース世界内からの信号を表示している。

『神よ、お答えください』と。

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スカーレット ハヤシダノリカズ @norikyo

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