遙かなるSOS
秋待諷月
遙かなるSOS
『運行中は安全バーを絶対に離さないでください、って、言いましたよね』
「……反省してます」
『振り落とされても知りませんよ、とも言いましたよね』
「あんな冗談めかした軽いノリでの注意じゃなく、今みたいな脅しめいた口調だったら、もっと真剣に受け止めたんですけどね」
『まさかジェットコースターよろしく、バンザイヒャッホーする成人男性がいるとは思いませんでしたよ』
「まさか手を離しただけで本当に振り落とされるほど、安全対策が杜撰だとは思わなかったんですよ」
『だから離したんですか?』
「そうですね」
『アホですね』
「客に放つ言葉じゃないですね」
『こんな目に遭った以上、今後お客様が当社を利用することは無いだろうと予想されますので、問題ありません。というか、当社でなくても二度と乗る気にはならないでしょうね』
「御社から受けた仕打ちを公に暴露しますよ」
『事前に注意したにも関わらず、バーから手を離してヒャッホーした成人男性がいるとネットで暴露しますよ』
「……もういいです。それで、救助していただけるんですよね?」
『お客様次第ですね』
「どういうことですか?」
『例えば登山中に遭難した場合、捜索一日あたりの救助費用の相場はいくらかご存じですか?』
「知りませんね」
『規模によっては百万円を超えることも珍しくありません』
「知りたくなかったですね」
『今回のケースの場合、単なる山岳遭難とは比べものにならないほどの捜索規模になります。ちなみに、保険には加入していますか?』
「加入していないです。こんなことになるなんて思わなかったので」
『自業自得でこんなことになった人に、当社の安全対策をとやかく言われたくないですね』
「救助してもらえるんですか、もらえないんですか?」
『払えるんですか、払えないんですか?』
「払います。払いかたは、助かってから考えます」
『助からなければよかったと考えるでしょうね』
「え?」
『救助要請を承りました。お客様の現在座標は分かりますか?』
「分かりませんよ、そんなもの」
『周辺にランドマークになりそうな建物は見えますか?』
「見渡す限りの平原が見えますね」
『どうしようもないですね』
「フォローって言葉、知ってますか」
『運がよかったじゃないですか。海の中でもなければマグマの中でもなく、戦場でもなければ、猛獣や恐竜もヤバそうな原住民もいないんでしょう。超ラッキーですよ』
「そんなフォローなら要りません」
『贅沢ですね』
「そちらから探知して見つける方法は無いんですか? こうやって通信ができているんだし」
『できますよ。通信装置の横にあるスイッチを入れれば、お客様の現在座標情報が発信されます。あとは当社の受信システムが信号を捉えるのを待って救助に向かうだけです』
「早く教えてくださいよ」
『信号発信一分ごとに費用が発生します』
「教えてほしくなかったですね」
『救助を諦めますか?』
「見放さないでください」
『バーを離さないでという注意を無視されたので、見放さないでという懇願も無視したくなりますね』
「うまいこと言ってる場合ですか」
『口答えしている場合ですか』
「助けてください」
『素直でよろしい。ではスイッチを入れてください』
「入れました」
『確認しました。信号探知・捜索開始までしばらくお待ちください』
「救助までどれくらいかかりそうですか?」
『そうですねぇ。周辺に建物は一切見当たらないんですね?』
「はい」
『時間軸にしてマイナス一万年以上離れている可能性がありますね』
「……はい?」
『一万年で済むといいですね』
「いや、ちょっと」
『以上で救助要請手続きを終了します。次回の時間旅行ツアーでも、ぜひ当社のタイムマシンをご愛顧賜りますようお願い申し上げます』
Fin.
遙かなるSOS 秋待諷月 @akimachi_f
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