第8話

「さ、早く兄さんを治療しなさい」


 あの兄に続いてこいつもか。

 二人揃って命令口調だ。


 あまりにも不愉快なので、冷ややかな視線で返してやった。


「お断りします」

「なッ!」


 一気に顔を真っ赤にする女。

 その足元では、彼の兄が苦しそうに呻いている。


「私は勇者様のヒーラーです。その他の方は治療しません。ポーションでも使って下さい」


「いやいやいや! ポーションなんかじゃ間に合わないのわかるでしょ!?」


 私が断ると思っていなかったのだろう。兄の重症度からかなり必死になり始める。


 あの様子だと持って10分くらいか。


「お願いよ……お願いだから、兄さんを直しなさい!」


 お願いしてるのか、命令しているのか?


 どちらにしても絶対治療しないけど。


「僕からもお願いする。ベルを治療して下さい!」


 頭を下げ丁寧にお願いしてきたのは、ヒロ君だった。


 なんで? なんでヒロ君がお願いしてくるの? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? 


 この女に誘惑された? やはりこの女は殺すべきだ!


「彼はこのパーティー……このダンジョンをクリアしようという、一つの目的を持った仲間だから。だから、彼をどうしても見捨てたくないんだ!」


 ど、どうしようか……? あいつを治療するのは嫌だが、ヒロ君のお願いを断って嫌われるのはもっと嫌だ。


「わかりました」


 倒れた男に手をかざし、傷付いた体を完全に回復させる。


 少しして、男は目を覚まして体を起こした。自分の体を確認した後、私の方に視線を向ける。


「すまない、助かった」

「その……兄さんを助けてくれて、ありがとう」


 二人が礼を言って来た。

 命令しかしてこない酷い奴らだと思っていたのだが、そうでもないのだろうか?


 殺すのは、少し保留にしよう。


「ありがとうラビッツさん!」


 ヒロ君が笑顔でお礼を言ってくる。

 あぁ、この笑顔を見られただけでも十分だ!


「い、いえ……」


 なんでそれしか返事できないの私! 「ヒロ君のお願いならいくらでも治療します」とか、もっと好感度上がる台詞あったでしょう!


 しばらく自分の不甲斐なさに苦悩しながら、他の三人に続いて歩いて行くと、急にやたらと広い部屋に繋がる入り口が目に入った。岩だらけの洞窟の中にしては不釣り合いな、重厚な観音開きの鉄の扉が開いていた。


「もしかして、この先は……」


 ヒロ君が慎重に中の様子を確認する。


「うおッ!」


 男が急に驚いた声を上げて、何かを回避するように動く。男はその先にいたヒロ君にぶつかり、ヒロ君は前に数歩つんのめった。


「悪いヒロト。なんか急に飛んで来た虫に驚いちまった」

「あはは……大丈夫だよ。ベルでもそんなことあるんだね」


 虫なんていた?


「いやぁ、本当に悪い――」


 男がそう言うと、広い部屋に繋がる入り口が何の前触れもなく閉ざされた。男がぶつかったヒロ君だけが、中に入ったまま。


 閉ざされた扉に向かって、男は続ける。

 

「――今まで騙しててな」

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魔王軍最強の黒騎士様は最恐ヤンデレ少女(仮 彩無 涼鈴 @tenmakouryuu

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