はなさないで

洞貝 渉

はなさないで

 気が付いた時には、すでにわたしたちはそんな関係でした。

 付かず離れず、お互いにお互いを認識しながらも言葉を交わすでもなく。


 引力、と呼ぶようです。人はこの関係を。

 わたしたちはわたしたち自身の引き付ける力によって相手をはなさない。でも、近づくには距離がありすぎて、こうして知り合いと他人の絶妙な関係に落ち着いてしまいました。


 わたしたちは眩い光を中心にくるくると回り、互いのことを横目で見ながら途方もない時間を過ごしています。しかし、いくら途方もないとはいえ、いつか必ず終わりがくるであることもわかっていました。

 なぜなら、わたしたちの中心にいる光は徐々に大きくなっているからです。

 光はいずれ、わたしたち共々を飲み込んでしまうことでしょう。


 わたしのところで白いフワフワが白いモチモチを作っています。

 兎の餅つき、と人が囁いているのを聞きました。人はいつだってわたしに興味深々です。では、人をたくさん抱えている、向こうはわたしのことをどう思っているのでしょう?

 いえ、それよりも先に、わたしは向こうのことをどう思っているのでしょうか?

 

 光がますます大きくなり、わたしたちの均衡も少しずつ崩れてゆきます。

 ほんの一時、わたしたちの距離が縮まりました。

 向こうでは海と呼ばれる液体の塊がわたしの引力に引き寄せられ、陸にあがって人をたくさん飲み込んでしまいます。人は物知りだし、たまになにかよくわからないものをこちらに飛ばしてくることもあり、好きだったので残念に思います。

 逆にこちらでは白いフワフワ(兎、というのでしたね)が慌てふためいて、大きく跳躍して彼方へ逃げてしまいました。こちらも可愛らしくて好きだったので、残念です。

 向こうの姿が近づくにつれ、わたしはなんだか嬉しいような疎ましいような、不思議な心持になりました。小声で囁いても聞こえそうな、ほんの少しでも身じろぎすれば触れられそうな距離まで接近した時、わたしは喜びではち切れそうになっている自分を自覚します。そしてそれは向こうも同じだったと確信します。


 ずっとこの日が来るのを待ちわびていた。

 わたしたちは互いに求めあい、最大の力をもって引力を行使しました。急速に接近するわたしたちは、触れあい、削りあい、粉々になる、あるいは融合するはずだったのです。

 なのに、なぜなのか。

 触れるか触れないか、そんな狭間にわたしたちは再び大きく離れてゆきました。

 

 ——はなさないで。

 

 急激に離れていく向こうに、わたしは初めて思いをぶつけます。


 ——わたしをはなさないで。はなれていかないで。


 心からの叫びを、向こうもわたしに向かって放ってきました。

 わたしたちは互いにこんなにも思い合っていたというのに。


 一瞬見えた向こうの表面は熱っぽく、すでに人どころか、ありとあらゆる生物も、あれだけあった海という液体すらも、すっかり消え失せていました。

 わたしの表面も、きっと以前とは様変わりしていたことでしょう。


 だんだんと遠く離れていく相手を、なす術もなく見ていることしかできないわたしたち。



 無力感と絶望と小さな恋慕と追憶を抱えたわたしたちを膨張した光が飲み込み、限界まで膨れた光はやがて爆発し、後には質の高い真っ暗闇が生まれました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はなさないで 洞貝 渉 @horagai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ