はなさないで、愛してるなら
藤咲 沙久
告白
──話さないで欲しかった。
「本当に……出来心、だったんだ。一度だけの過ちなんだよ。もう、君に黙っておくのが辛くて」
正座のまま俯き、いかにも反省しているという姿勢の夫。その言い分がすでにエゴでしかない。秘密を手放して楽になりたいだけ、判断を私に委ねたいだけ。自分勝手な人だ。
結婚して五年。夫婦生活は落ち着きつつあるものの、家族として穏やかに暮らしてきたつもりだった。浮気なんて微塵も疑ってなかったし、知らなければ無いも同然の出来事だったのに。
私は今日、知ってしまった。夫の不貞を。
「
「ああ、その……二人とも酒が回ってて。アイツ、仕事も男もうまくいかなくて自棄になっててさ……慰めてるうちに、流れで……」
(流れって、なに。どんな流れなら妻以外の女を抱けるっていうの)
夫はもともと押しに弱い人間だ。甘えられてお願いされて、きっぱりはね除けることも苦手だろう。それでも、事が為されてしまえば同罪である。
「私、妻としてダメだったのかな」
「そんなことはない! 君は頑張ってくれてるし、愛してる。ただ、ただ、今回のことを謝りたくて……」
「うん、謝ってもらった。でも私は許せない。これからどう一緒に居たらいいかわからないよ」
「そんな、俺、俺……」
ますます俯く夫からは、私の表情は見えていないのだろう。わかるのは冷ややかな声音だけ。本当はすごく、すごく悲しい顔をしてるって、気付いてもらえそうになかった。
「私たち、離婚しましょう」
許せないのも、どんな風に隣で過ごせばいいかわからないのも本音だった。それでも私はまだ夫を愛していた。
だから、どれだけ面倒臭い女と思われても、否定を期待してこの言葉を使った。なのに。
「それほど君を傷つけてしまったんだよな……。わかった、しよう」
ひどい人。愛していると言ったなら、私を、私のことを最後まで。
──離さないで欲しかった。
はなさないで、愛してるなら 藤咲 沙久 @saku_fujisaki
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