はなさないで ~Fairies 短編~

西澤杏奈

そばにいるから

 突然、泣き声が真っ暗な空間の中で聞こえてきた。どうやら上からのようだ。18歳の青年、清原きよはらあきらは立ち上がり、声の主を確認する。


 彼の予想通り、泣いていたのはれいだった。まだ8歳の彼は、悪夢でも見たのか、それともあの記憶を思い出したのか、どっちかはわからないが、とにかく大声をあげて泣いていた。

 だが、仕方があるまい。彼が経験したことは、その年齢の少年にとって残酷すぎることであったからだ。

 他の寝ている子らが泣き声に起こされかけもぞもぞと動き出したので、明は怜を抱き上げ、リビングに行った。


「ママ! ママ!!」


 泣きながら母を呼ぶ少年の声はひどく痛ましい。彼の両親がもうこの世にいないことが、ますます残酷さに拍車をかける。

 かくいう明も両親を亡くしていて、自分でも泣きたくなるくらいだ。それほどのことをこの少年は、この年齢で身を持って味わったのだ。


あきら……?」


 そこで少し足音がしたかと思うと、明と同い年の少女、紅井べにい日向ひなたが目をこすりながら二階から下りてきた。いつもと同じようにその黒髪は長く、さらさらと絹のように垂れている。


「あ、ごめん。起こしちゃった……?」


「ううん、私も眠れなかったから。心配になって下りてきただけ」


 しかし、眠そうなところからするとそれは彼女がついた優しい嘘なのだろう。

 怜はいまだ涙を流している。それは明の服を濡らしたが、青年は気にしなかった。

 日向は眉を下げて、少年を見た。彼の背中をさすると少し泣き声が落ち着いた気がした。


「まずい、腕がしびれてきた……」


 そこで明が少し辛そうな顔をする。


「あら、じゃあソファーにおろす?」


 日向に言われ、彼がそうしようとしたとき、怜は一言ぽつりとつぶやいた。


「はなさないで……」


 明と日向ははっとするも、すぐに少年の頭を優しく撫でた。


「大丈夫。離さないよ。ずっとそばにいるよ」


 怜はその声に自分の父母を重ねて安心したのか、しだいにまぶたを閉じていき、そのまま眠りについた。


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