はなさないで

大隅 スミヲ

第1話

 いつの日からか、運動会は春と秋に行われるようになっていた。

 子どもの頃は、秋の大運動会じゃなかったっけ?

 そんな風に発言すると、これだからおじさんはという目で見られる。


 正直なところ、子どもの運動会というのはしんどいイベントだ。


 運動会は知らないうちに、適当にふらりと我が子の活躍を見に行くような場所ではなく、朝からいい席を取るために並んで、開場と同時にダッシュでいい場所を取らなければならないという、なんかハードルが高いイベントとなってしまっていた。


「パパ、あたし明日は一等賞獲るから、絶対に動画撮ってよね」

「おう、任せておけ!」


 朝ごはんを食べながら娘にそう答えたが、きょうは大阪支社から支社長が来るために、接待で飲みに行くことが決まっていた。

 明日のために体力を温存し、出来る限り早く帰らなければならない。

 私はそう決意して、飲み会に挑んだ。


 しかし、気づいた時には終電を逃していた。

 ほぼ酩酊状態となっている私は、フラフラとしながら歓楽街を歩いている。

 一緒にいたはずの支社長たちとは、いつの間にかはぐれてしまっていた。


「お兄さん、キャバクラとか、どうですか?」

 金髪でスーツ姿の若い男が声を掛けてくる。

 客引き行為については、各市区町村で禁止条例が作られているが、この時間帯に市区町村の役人が見張っているわけもなく、堂々と客引き行為は行われていた。


「ねー、お兄さん。ガールズバーとかどう?」

 若い女の子が、露出度高めの服で誘惑してくる。


「どうすっか。いい店、ご紹介しますよ」

 今度は身体が大きくてごついサングラスの男だ。


 多種多様な人間が声を掛けて来たが、その誘惑を振り切った私は、なんとか駅前のタクシー乗り場までやって来ることができた。


 翌朝、二日酔いであったことは言うまでもないが、それでも娘のために頑張って起き、学校の校門前に私は並んだ。私よりも先に来ていたのは五人。先頭に並んでいる人の話では、朝五時から並んでいるそうだ。そんな話をしているうちに、私の後ろには長蛇の列が出来ていた。


 そして、朝8時。ようやく校門が開かれる。そこからダッシュして、いい席を取り、ブルーシートを広げる。やった。今回は徒競走のゴール付近を陣取ることができた。パパはやったぞ。すぐにそのことを妻にスマホで報告し、到着を待つことにした。


「ごくろうさま」

 労いの言葉を口にしながら、妻が義父と義母を連れてやってきた。

 私はビデオカメラの用意をして運動会が始まるのを待った。


 そして、ついに我が娘の徒競走がはじまった。

 娘によれば、周りはみんな足の速い子ばかりだそうだ。

 でも、今回は自信があると言っていた。


「位置について、よーい」

 火薬が破裂する音が響く。


 さあ、スタート。

 直線50メートル。

 娘のスタートは完璧であり、最初から他の子よりもリードを見せていた。


 残り40メートル。まだ娘はトップを守っている。


 残り20メートル。少し他の子がスピードを上げてくる。


 残り10メートル。隣のレーンを走っていた子が転んでしまう。


 ゴール。勝ったのは、娘かそれとも別の子か。

 同時にゴールしたようにも見える。

 いや、勝ったのは我が子だろう。


「すごいデッドヒートやったな」

 義父が缶ビール片手に語り掛けてくる。


「本当にすごかったですね。でも、絶対に勝っていますよ」

「ああ、そうやな。勝っとる」


「うちの子の方が先にゴールへ顔が入っていましたよ」

「ほんまか?」

「ええ。ほら、この通り」


 私は撮影したビデオを義父にスローモーションで見せる。そして、ゴールシーンでそのビデオを停止させた。


「ほら、顔が! 鼻が先にゴールに入っています」

「せやな。でも、学校の運動会やから、さすがに鼻差無いで()」

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はなさないで 大隅 スミヲ @smee

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