【KAC20245】はなさないで

八月 猫

はなさないで……

「なあ、俺たちの関係、もう終わりにしよう」

 男は女の顔をじっと見つめながらそう言った。


「え……。なんで……なんで急にそんなことを言うの」

 女は信じられない言葉を聞いたように目を大きく見開き、握っていた男の手に力を込める。


「急に、じゃないんだ。本当は少し前から考えていたことなんだ」

「そんなこと今言うなんてズルい……」

「俺がズルいのはお前も知ってるだろ」

「知ってるわ。でも、それでも良いの。私にはあなたしかいないのよ……お願い……」

 女は瞳に大粒の涙を浮かべながら、男に懇願するかのように言った。


「ごめん……。こんなズルい俺にはお前を幸せにすることは出来ない。だから――」

「そんなことない。そんなあなたが好きなの。愛してるの」

「花子……」

「あなたに他の女がいることだって知ってる。それも八人も。私の事を裏でATMって言ってるのも知ってるし、私が買ってあげた車をキャバクラの女にプレゼントしたことだって知ってるわ」

「……え」

「あなたはIT企業の重役だって言ってるけど、本当は毎日パチンコ屋に通ってぶらぶらしていることも、中学時代に虐められていた時のあだ名が『小籠包』だったことも知ってる」

「お前何でそれ――」

「あなたがカツラなのも知ってるのよ」

「――おふっ」

 女に握られていた手を必死で離そうとしていた男の全身の力が抜ける。


「それでも良いの。私にはあなたが必要なの。だから私の事を離さないで……」

「……そこまで知っていて、それでも俺の事を。いや、でも俺はお前を――」


「私、宝くじ当たったの。――三億円」


「ファイト―!!」

 男は握っていた手を引き寄せる。

「イッパーツ!!」

 女もそれに応じるように繋いでいる手を握りしめた。

 そして崖からぶら下がっていた女の身体が一気に引き上げられた。



「はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……助かった……」

 二人は崖の上で膝をつき、大きく肩で息をしている。


「太郎……ありがとう。もう少しで死ぬところだったわ」

 花子は未だ四つん這いではぁはぁ言っている男へと声をかけた。


「あ、当たり前じゃないか……。俺がお前を見棄てるはずがないだろう」

「そうね……」

「よし、二人とも無事だったことだし、さっさと帰るか。それで、その、こんな時に言う話でも無いとは思うんだけど……」

「なあに」

 太郎は立ち上がると、少し照れくさそうな顔をしながら――


「俺、実は借金があって――」

「それも知ってる。だからもう――二度と話さないで」


――トン


「――え」




『こんにちは。お昼のニュースです。

 先日〇〇山で登山中に遭難し、その後救助された女性の証言を基に、一緒に山に登っている途中で行方不明となっていた男性の捜索が行われていましたが、本日行方不明になった場所から百メートルほど滑落した斜面で、遭難したと思われる男性の遺体が発見され――』



【了】

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