第3話 推しからのDM
変わり映えのしない日常に頬杖を付きながら珈琲を口に運び、私は今日も業務をこなす。
別にやりたかったわけでもない、私に向いているわけでもない事務職に努めて早数年。
高卒、成績も良くなかった私に良い会社なんか有りえないし、そもそも何になりたいかなんて何もなかったんだから仕方ない。
思えばあの時から人生って終わってたんだなあ、とふと溜め息を吐く。
「大丈夫?」
「あ、雛乃。うん。大丈夫。」
私のデスクの隣の、
「まだ推しのことで悩んでるのかと思って。」
「ああ、うん。もうそんなこと忘れちゃった。」
雛乃は会社の同僚、そして推し活に身を委ねているダメ人間同士だ。雛乃といると居心地が良い。だって結婚やら男やら、そんな話をしない。
口を開けば推しがどうとか、供給かどうだとか、25間近でそんなことばかりお互い言い合うものだから、とても楽でしかない。
「あ、ちょうどお昼だね、ねえ、聞いてよ、私昨日さ」
お昼時間になったことを確認して、昨日見つけたスイさんのことを話そうとスマホに手を伸ばして画面を起動させた。
起動後直ぐに目の前に流れる通知。見覚えのあるアイコン。
【フォローありがとう!俺のこと気になってくれたの?】
「え!?え!?は!?推しからDM来た!?」
衝撃で大声を上げる。間違っていない。昨日フォローした、仮想世界アドミニストレータのスイさんのアカウントから確かにそれは送られている。
「!?どどどどうしたの!?大丈夫!?」
雛乃が私を更に心配そうな目で見る。
「え、あ、あの!昨日ね、見つけた推しさんなんだけど、なんか、なんか、いや別にこの界隈では普通かも知んないんだけどさぁ?!」
「お、落ち着いて!?落ち着いて話聞くから、ね!?」
「あ、う、うん!」
息を整える。息を整えながら、ツイッターのDMを開く。午前10時頃に送られていたメッセージ。
「.....昨日ね、見つけた推しさん、ええっと、なんかV系なんだけどアイドルみたいな見た目で、__それでね?」
昨日のことを落ち着いて一つずつ話す。話しながらも、正直DMのことで私の頭はいっぱいだった。
私の昨日までの推しは、国民的なアイドルだ。キラキラ輝くステージに立って、一生交わらない視線を私達に向けるアイドル。
大勢の光に包まれて、その光の正体なんか知り得もしない、大きなアイドル。ファンの顔なんか、一生見ることがないだろうアイドル。
私の推しはそうだった。今までも、これからもずっと。推しという概念はあくまで私のことを認知せず、私が一方的な愛情を向けるだけで勝手な理想を押し付けるだけの存在。
推しから個人的なDMの連絡なんか、あり得っこない。あり得るわけがないのだ。
まあ、知らないけれどこの界隈では良くあることなんだろう。1000フォロワーにも満たないマイナーなバンドみたいだし。そうだ。きっとそういう営業をしているだけだから、きっとこれは自動で送られているものなんだ。
無理矢理自分を整理して、雛乃とは中身のない他愛もない会話を上の空で行って、スイさんには負担にならないように、会話を続ける気のないメッセージを送った。
【初めまして!DMくれて嬉しいです!格好良くて気になってフォローしました。また色々見てみますね!】
推しが死ぬ 日の暮 @hinogure
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