歌うたいのカナリヤ

ジャック(JTW)

工業都市ゼブルースカ -鳥人の声は旅籠に響く-

 工業都市ゼブルースカ中央の賑やかな旅籠の前で、リュートを丁寧に弾く音色が鳴り渡る。その音色に合わせて、流れの吟遊詩人のカナリヤは歌い始める。

 彼女の声は優しく心地よく、しかし力強く、人々の心まで届くような響きを持っていた。


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 りらら ららり りるりら

 歌え踊れ嵐が過ぎ去るまで

 りらら ららり くるりら

 舞え叫べ雷が立ち退くまで

 これはまじないの歌 これは空へ願う歌

 りらら ららり るるりら


 りらら ららり ふるりら

 これは祈りの歌 これは弔いの歌

 吹き付ける狂飈きょうひょうの遠吠えが闇を揺らす

 これは嘆きの歌 これは立ち尽くす者の歌


 りらら ららり ゆるりら

 舞うあなたの青い羽 はなさないで どうか

 これは慟哭の歌 これは過ぎ去りし日々の歌

 

 わたしは るらり 息をする くらり

 そうして 奏でる あなたを探す歌

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 カナリヤは、故郷である『磯鵯いそひよどりの集落』を出て、人間の国に連れ去られた恋人を探す為に生きている。歌で路銀を稼ぎながら、もう随分長く人間の住む地域を旅していた。

 彼女は本来、磯鵯いそひよどりの特徴を色濃く受け継いだ斑灰色の羽持つ鳥人である。その為、『金糸雀カナリヤ』という名は本来相応しくない。

 しかし、人間の国では鳥人が雑な括りで扱われ、個別の種族など誰も気にしていない。

 その為、彼女は吟遊詩人という職業を端的に表す為にカナリヤという芸名を名乗っている。

 そんな彼女の前に、ぱちぱちと拍手をしてくれる少年が現れた。

「お姉さん、すごいね。とても綺麗な歌だった」

 ティムと名乗った少年は歯の抜けた笑顔で微笑み、帽子の中に小銭を入れてくれる。

「何よりの賛辞よ。ありがとう」

 カナリヤがそう微笑みかけると、観光案内人ガイドの少年ティムは照れたようにはにかんだ。


 *


 カナリヤが現在滞在している工業都市ゼブルースカは、人間の街の中でも大きい方で、東側が職人街、西側が高級住宅街、そして中央が観光地になっている。

 現在、ゼブルースカ市では、東側と西側の対立が激しく、それぞれ候補を擁立して市長選挙を行っているらしい。

 色とりどりな煉瓦造りの道を歩きながら案内してくれるティムは、親切にいろいろ教えてくれた。美味しいバーガー店や、美しい噴水公園、そして中央に聳え立つ豪華な時計塔から見る景色は絶景だと言う。

「僕、ゼブルースカが大好きなんだ。だから、東も西も、仲良くして欲しいよ」と彼は独りごちる。

 カナリヤは、そんな彼の頭を優しく撫でてやった。

「街の皆が仲良くなれるといいわね」

「……! うん! お姉さん、ありがとう」と言い、ティムは笑顔になった。

 

 *


 カナリヤの故郷、磯鵯いそひよどりの集落は、随分昔に人間に攻め込まれ、美しい青羽を持つ雄鳥が何羽もさらわれた。雌鳥のカナリヤは地味な灰斑の羽だったので無事に済んだが、カナリヤの恋人は、連れ去られて行方が分からなくなった。

 それから数え切れない程の時間が経ったが、カナリヤは恋人の行方を探すことを諦めていない。カナリヤは人間の暮らす国を旅して、手がかりを探している。


 *

 歌い終え、拍手とチップを受け取り立ち去ろうとするそんなカナリヤの前に、恰幅のいい人間の男と、鍛え上げられた体格の人間の男が現れた。

 彼等はそれぞれ、工業都市ゼブルースカの西側陣営と、東側陣営の人間らしい。

「我々に協力してもらいたい」

「いいや、俺たちにだ!」

 口々にカナリヤに言い募る言葉から推測すると、どうやら、裕福な西側は人数が少なく、貧しい東側は人数が多い為、市長選挙の結果はどちらが勝ってもおかしくないらしい。

 それで、吟遊詩人のカナリヤに、応援のための歌を作り歌って欲しいという依頼がやってきたのだ。西側陣営と、東側陣営から同時に。

 カナリヤは、厄介な事に巻き込まれてしまったと思いつつも、「少し返事を待ってくださる? この街を直に見てまわってから、結論を出したいのです」と言った。


 *


 鳥人であるカナリヤの目から見ても、ゼブルースカ市はとても美しい街並みだった。中央にある時計塔、賑やかな職人街、閑静な高級住宅街、それぞれに良さがある。

 人でごった返す職人街の人間は、荒っぽいが鳥人であるカナリヤにも優しく、名物である串焼きを分けてくれようとした。カナリヤは丁重に断ったが、嫌な顔はされなかった。

 瀟洒な高級住宅街の人間は、上品だが鳥人であるカナリヤのことを心よく思っていない者もそれなりにいた。カナリヤの落し物を届けてくれる親切な人間もいた。

 鳥人であるカナリヤは、工業都市ゼブルースカに定住する気はない。彼女にとって、本来この街の市長選挙など関わらなくても良いことではあるのだが、カナリヤは先程話した少年ティムの言葉を思い出していた。


 ──「正直なところ、東も西も、仲良くして欲しいよ」。


 ティムの願いを叶える為に、あくまで部外者であるカナリヤに何かができるとは思わないが、どちらにつくのが正しいのかギリギリまで見極めたいと彼女は思った。


 *


 現職の市長は、中央の出身で、やや西側寄りではあるものの、概ね公平な施策を行ってきたらしい。しかし現状、西側陣営の候補と東側陣営の候補に押され気味で、再選は厳しいようであった。

「次の選挙は、西側と東側、どちらが勝ってもおかしくない。──だからこそ、流れの吟遊詩人である君にすらすがりたいのだろう。そして市長選挙の結果、どちらが勝とうと争いの火種になる。こうなる前に対処できなかった、私の力不足によるものだ。支持母体が弱いというのも、言い訳に過ぎない」

 項垂れながら現職市長はそう語った。

 余所者のカナリヤから見ても、彼の見立ては正しいと思った。東側では西側の悪口を言い、西側では東側の悪口を言うようなことが横行していた。

 こんな状態でどちらの勢力が権力を握れば、まず公平な施策など行われはしないだろう。

「ひとつ、お願いがあるのですが」

 カナリヤは、現職市長に頼んで、ゼブルースカ市の市長選挙に関する条文を見せてもらった。別にそれは秘密でも何でもなく、市民全員が持っている帳面に書かれている内容なので、部外者のカナリヤにもすんなり教えて貰えた。

 そこには、未だ嘗て想定されていなかった抜け穴があった。


 *


 やがて、市長候補が出揃い、政策や主張を民衆に向けて語る日がやってきた。

「結局、あの吟遊詩人は、どちらにもつかなかったようだな」と西側の陣営の男が言えば、東側の陣営の男が、「まあ、そちらの味方につかなかったのならそれでいい」と返す。

 彼等はバチバチと視線を交わして、睨み合っていた。


 *

  

 やがて、西側陣営の代表者から先にを語りだした。かなり長い話だったが、要約すると「がもっと豊かになるための施策を行います」というようなことを告げていた。

 東側陣営から、「西側が豊かになるためだけの施策だろうが、ふざけるな」とヤジが飛んだ。

 そして、「工業都市ゼブルースカを下支えしているのは俺たち職人だ。俺たちが覇権を握るべきだ」というようなことを高らかに東側陣営の代表者が語った。

 東側陣営は湧いたが、西側陣営から「政治のことなど分かっていない貧乏人は黙っていろ」とヤジが飛んだ。


 両者が睨み合う中、ほぼ落選が確実視されている現職市長が現状維持したいと言うような旨の言葉を述べて退席し、次の候補が現れた。 

 ──市民は、その場にいるはずのないの姿を見て、口をぽかんと開けた。


 

 10歳のティム少年が、市長選挙に出馬していた。


 

 これは、カナリヤとティム少年が、小さな力で、それでもこの工業都市ゼブルースカを動かすために行った取組だった。

 工業都市ゼブルースカでは、市長選挙が長らく形骸化していて、候補もほとんど同じような人間しか出ていなかった。

 だから気づかれていなかったのだが、市長選挙に出馬できる条件が制定されたのは古い時代のことで、かなり穴があった。

 その中でも、『年齢制限』に関する条文を見つけた時、カナリヤはここにつけ入る隙があると感じた。

 ゼブルースカ市に戸籍を持つ者で、一定の金額を払えば、誰でも市長選挙に出馬できた。

 そう、たとえ10歳の少年であっても。

 今まで無駄金を払ってまで市長選挙に出馬する子供など居なかったから誰も気づかなかっただけで、ティムの出馬はきちんと法に則ったものだった。

 

 市長選挙に出馬するために納めなければいけないお金は、ティム少年のお小遣いと、学友達からのカンパ、そしてティム少年の観光案内ガイドとカナリヤが街中で歌って稼いだお金で賄った。



 市長選挙の抱負を語る場所で、ティムは思い切り息を吸い込んで、体を揺らしながらアカペラで歌い始めた。



 ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶

 

 シュビドゥバ この街はいいとこ

 シャバダバ この街の素敵なとこ


 僕は知ってる なんせ生まれ育ったんだから!

 職人街のおいしいバーガー屋

 ここのお店は安くて絶品

 住宅街のおっきな噴水公園

 観光客もびっくり! 夜のライトアップ


 シュビドゥビ この街はいいとこ

 シャバダバ この街の素敵なとこ


 君も知ってる なんせ生まれ育ったんだから!

 どんどん語ろう この街の好きなとこ

 どんどん喋ろう この街の面白いとこ

 

 中央にある時計台の上から見る景色

 夕焼けが綺麗で、街中がキラキラ光って見えるんだ!

 さあ、煉瓦造りの道を歩いて

 街に繰り出そう!


 シュビドゥビ この街はいいとこ

 シャバダバ この街の素敵なとこ

 僕も知ってる 君も知ってる 皆皆知ってる

 シュビドゥビ この街はいいとこ

 シャバダバ この街は素敵なとこ……


 ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶ ⊶

 

 ティム少年の歌い出しに合わせて、カナリヤはリュートを演奏する。その演奏に合わせて、市民の間から手拍子が生まれ始めた。市民は体を動かしてリズムに乗り、だんだんサビに合わせて唱和し始めた。

 何故ならば、カナリヤとティムは、これまでにゼブルースカ市のありとあらゆるところでこの歌を歌い、市民に根付かせていたのだから。いつしか、キャッチーで覚えやすいサビに合わせて、老若男女が一緒に歌っていた。

 

 西側陣営の候補も、東側陣営の候補も、現職の市長も、話題をかっさらわれてポカンとしていた。

 ティムは、歌い終わり、一礼して、皆が静かになるのを待って、民衆に語り掛けた。

「僕は、ゼブルースカ市が大好きです。だからもう、喧嘩しないで! 皆で歌おう!」

 その素朴で少年らしい言葉は、大人達の胸を打った。

 ティム少年の作詞した歌は、話題性と共に、街中を駆け巡り、人々が口ずさんだ。

 

 ──シュビドゥビ この街はいいとこ

 ──シャバダバ この街の素敵なとこ

 

 東側陣営にも、西側陣営にも、長きに渡る対立に嫌気がさしていた者、過激に争いたくは無い者がいた。

 そんな彼らは、投票日に、ティム少年の名前を書いて投票した。


 ──僕も知ってる 君も知ってる 皆皆知ってる……


 そして、運命の開票の日がやってきた。

 開票結果は、中央広場で途中経過が開示される。

 

 現職市長が一番票が少ないということは目に見えてわかったが、東側陣営も西側陣営も競り合っていた。同時に、僅差で、ティム少年の名前も並んでいた。

 ティム少年は、「えっ?」と困惑しながら開票の速報を見ていた。ティム少年の目的は、市長の座を得ることではなく、同じ工業都市ゼブルースカ市民である東西の人達が敵意をむき出しにする状況に一石を投じたかっただけだ。

 予想外の結果に驚くティム少年の背中を支えるようにカナリヤはそばに立った。「君の歌で心を動かされた人達の数よ。誇らしいことだわ」とカナリヤが言うと、ティムは、涙をこらえるような表情になった。


 *



 やがて、開票が行われた。市民達が注目する中、着々と氷河数えられていった。「こんなことがあるか!?」と東側陣営の代表者はうなだれ、「ふざけるな! やり直しだ! 子供が市長など有り得ん!」と、西側陣営の代表者も叫んだ。

 しかしこの結果は、公正で正式なものだった。

  

 工業都市ゼブルースカの市民の総意は、僅か一票差で、ティム少年を勝たせた。

 無論、これはまだ10歳と幼いティム少年に市長としての役割がこなせると期待しての投票数ではない。

 東側と西側の争いに疲れきった人々や、苦しんでいた人々の無言の抗議の数、そしてティム少年の歌に共感した者達の意思が、この結果に現れたのだった。

 ティム少年は、壇上に上がり、市長としての演説を行う。


「きっと、僕に票を入れてくれた人は、僕が勝つと思っていなかったでしょう。僕自身もそうです。僕は、経験も年齢も足りない、まだ子供です。この街に詳しい大人の力を必要としています。だから、工業都市ゼブルースカに住む皆で力を合わせてこの街を良くして行きたいって思っています!」


 その真摯な演説は、ティム少年の素直な気持ちを語ったものだった。聞いていた市民からは誰からともなく、少しずつ拍手が湧いていた。そのうち、拍手の嵐が起きた。その圧に押された東側陣営の代表者も、西側陣営の代表者も、渋々と言ったような顔だが、拍手に加わっていた。

 史上初の子供市長の元、工業都市ゼブルースカの市民は、分裂の危機から救われようとしていた。


 *

 

 この出来事がきっかけで、東西の争いはゆっくりと静まっていき、お互いに敵意を向け合うことは減っていった。

 街中で、ティム少年が作った歌が流れ、アップテンポで楽しい音楽が響く中で、醜い言い争いをしたくないという人が増えていったのだ。

 ティム少年は、結束の象徴として市長に据え置かれることとなり、実務は、東西や中央の大人たちが協力してこなした。

 数ヶ月後には、最早そこに隙あらば罵声を浴びせあっていた人々の姿は無く、多少ぎこちなさはあるものの、対話と譲り合いがあった。


 *


 ──ティム市長は、客の来訪に笑顔を向けた。彼は、工業都市ゼブルースカに融和をもたらした立役者のひとりであるカナリヤに語りかけた。

「お姉さんは、どうしてこの街のために頑張ってくれたの?」

 その言葉を受けて、カナリヤは微笑んだ。

「……わたしはただ、ティムくんの悲しむ顔が見たくなかっただけ。ほんの少しだけでも、情勢が変わればいいと願ってはいたけれど、ここまで上手くいくとは思っていなかったわ。……ティムくんの真摯な言葉と歌が、みんなを動かしたのよ」

 ティムは照れたようにはにかみ、「お姉さんがいなかったら、皆、僕の話に耳を傾けてくれなかったよ」と歯の抜けた笑顔で微笑んだ。ティムは、感謝の気持ちを込めて、カナリヤに言葉をかけた。


「ねえ、お姉さん。何かして欲しいことは無い? 僕、一応市長になったから。悪いことじゃなければ協力できるよ。だって、お姉さんはこの街の恩人だし!」

 カナリヤは確かに工業都市ゼブルースカに多く貢献したと言えるが、あくまで部外者のお節介である。一番頑張った立役者であるティム少年になにか対価を要求するつもりはなかったが、それでもひとつ思いついたことがあった。

「そうね……。じゃあ、綺麗な青い羽根のこと何か知らないかしら。わたし、その羽を探して旅をしているの」

 カナリヤは、そう問いかけてみたものの、簡単に見つかるはずはないだろうと諦めの気持ちを込めて尋ねた。

 しかしティム市長は、ぱあっと笑顔になり、カナリヤを手招きすると、市長の部屋に案内した。

「ここ! ここにあるよ! いつからあるのか知らないけれど、この部屋にあるものは僕の自由にしていいらしいから。はい、お姉さんにあげる!」

 ティムが手渡してくれた額縁の中には──。

 確かに、磯鵯の、青い青い美しい羽根が、あった。


 *

 宝石や金粉で細やかな細工が施されて飾られている、美しい青い鳥の羽根。腐敗しないように、光沢のある何かが塗られている。それでも、カナリヤにはわかった。色褪せていない、あの日のままの彼の色がそこにあった。

 カナリヤは、そっと額縁に触れて、大粒の涙を流す。

 額縁にすがるように涙を零し、大切に抱きしめる。

 見間違うはずもない、『彼』の羽根が、そこにあった。


 *


 磯鵯の集落が襲われたあの日。

 彼女と彼は美しく着飾って、婚姻の儀を行うはずだった。「わたしのこと、はなさないでね」「ああ、もちろん」と語り合ったあの日の幸福は、彼女の胸にある。

 そんな幸せは、賊の襲来によって跡形もなく壊れ、崩れ、残ったのは無惨な血の跡だけだった。

 最期に彼は、彼女の名前を呼んで、逃げろと言った。

 今生の別れだと悟った彼女は、「いやだ、あなたと共にいたい」と叫んだが、彼は「君の羽は、僕だけのものだ。誰にも渡したりはしない!」と叫んで、賊に立ち向かって行った。

 そして彼は、賊に取り囲まれて──。

 体を槍で貫かれ──。


 *


 彼女は、彼の遺した羽を抱きしめて、慟哭した。

 彼の体は、持ち去られてしまった。だから、彼女は、何かの奇跡が起きて、彼がまだ生きているかもしれないと、有り得ない妄想にすがることで、辛うじて息をすることができた。

 だが彼女は本当は知っていた。鋭い槍で体を貫かれた彼が血を吐いて倒れたところをこの目で見たのだから。助かるはずがないと、血の跡からわかっていた。最初から全てわかっていたのだ。彼女は……。

 

 *

 彼女の歌っていた歌は、磯鵯の集落が襲われた日のことだった。あの日を忘れない為の歌。

 故郷を襲った賊を嵐や雷に喩えて、彼を永遠に失った悲しみを込めていた弔いの歌だった。

 泣き崩れたカナリヤに寄り添うように、ティム少年はずっとそばにいてくれた。カナリヤの脳裏には、彼を探すためにずっと歌っていた歌が流れていた。

 

 

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 りらら ららり りるりら

 歌え踊れ嵐が過ぎ去るまで

 りらら ららり くるりら

 舞え叫べ雷が立ち退くまで

 これはまじないの歌 これは空へ願う歌

 りらら ららり るるりら


 りらら ららり ふるりら

 これは祈りの歌 これは弔いの歌

 吹き付ける狂飈きょうひょうの遠吠えが闇を揺らす

 これは嘆きの歌 これは立ち尽くす者の歌


 りらら ららり ゆるりら

 舞うあなたの青い羽 はなさないで どうか

 これは慟哭の歌 これは過ぎ去りし日々の歌 


 わたしは るらり 息をする くらり

 そうして 奏でる あなたを探す歌……


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