ささくれ

海野夏

✳︎

ピッと指に痛みを感じて、確認すると乾燥でささくれが目立つ指に小さな棘が刺さっていた。


「これだから割り箸は嫌いなんだ」

「仕方ないだろ。うちは激安食堂なんだ、激安割り箸で我慢してくれ」


ささくれ立った割り箸を睨みつけていると、店主の綺世あやせが追加のおにぎりを持ってきながら呆れたふうに言った。仕方ないことは分かってるさ。

綺世の両親が始めたこの食堂は安くて美味くて量が多いのが売りだ。薄利多売極まれりの商売で、案の定過労で亡くなった両親に代わり店を継いだのが一人息子の綺世だった。俺より十ほど若いのに先代の味とほぼ変わらない味を提供しているあたり料理の腕はまぁまぁ立つ方ではないだろうか。小さい頃から手伝いで店に立っていたからかもしれない。この店は綺世にとって一家団欒の場でもあったから。

常連の中では歴の浅い俺ができることと言えば、変わらず店に来ることだけだ。


「……綺世、何かあったか?」


天ぷらうどんをすすり、出汁の味が消えないうちにおにぎりにかぶりつく。味わいながら、綺世に声をかけた。昼過ぎのこの時間帯は人がいなくて、疲れが表に出たのか、別の理由か、ぼうっとした綺世がこっちを見ていた。心なしか、いつもより味もささくれているように感じる。


「——所詮ただの他人だし、答えなくてもいいけどさ」

「アンタのこと、他人だと思ったことないよ。ただ、アンタが女の人と一緒にいるの見て、アンタも人付き合いしてんだなぁって思っただけ」

「まぁ、社会人だし、人付き合いはあるだろ。外回りに出た時か?」

「さぁ。でも俺の知らないアンタがいるんだなって思っただけ」


気にすんな、と言った声は軽くて、引っ掛かりが取れたなら良いかとうどんに向き直る。

と、綺世が厨房からまた何かを持ってきた。


「頼んでないけど」

「サービス。余り物だけど」


小皿に、俺が好きだと言っていたカニかまぼこの天ぷらが数本。綺世は少し照れくさそうにそっぽを向いていた。


「過労死すんなよ。俺の胃袋盗んでるんだから」

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