第4章 決裂 vol.1

体調管理は、受験生にとってもアイドルにとっても大事な仕事である。


特にツアー中は、普段と違う面も多いので、意識的に管理しなければならない。


「あれ、マリオは?」


東京での初日を大成功させた3日後、仙台のホテルで一夜を過ごしたポラリズたちは、朝食会場に集合した。


今回のホテルは2人部屋だったので、成世は晃斗と、王子は春木と、そしてマリオは大弥と同室であった。



だがマリオの姿がないので、同室の大弥に視線が集中する。


「なんか腹下したみたいで。薬飲ませたからじきに良くなると思う」と、大弥は暗くならないようあえて淡々と報告するに留めた。


「ったく、昨晩変なもの食ったんじゃないだろうな?」

「何も食ってないっすよぉ」


晃斗と大弥がそんなやりとりとしているところに、

「すいませんでしたぁ・・・」とまだ少し顔色の悪いマリオがぬうっと現れた。


「なんかちょっと緊張しちゃって・・・でももう大丈夫ですっ」

と恥ずかしそうに笑うマリオは仙台出身だった。



場のホッとした雰囲気に反して、晃斗が成世に視線を送ってくる。


――何で俺を見るんだ?


成世は晃斗が言わんとすることがわからず、そっと目を逸らした。



そして今日も、コンサートの幕が上がる――。





スケジュール帳に、ポラリズ全国ツアーの日程と開催地をすべて記してある。紗希子はそれを眺めて、今日は仙台か、もう始まってるな、と考えたりしている。


というのも、ツアー中、成世は通話アプリを活用して数学の質問をしてきたり、その日勉強したことをLINEで報告してきたりするので、時間の空いた時はすぐに対応出来るよう待機しているのだった。



どうしてそんなことになったのかというと・・・。


紗希子が成世を怒鳴ったあの夜以来、ポラリズはツアーに出掛けたので会ってはいない。


もし次があるのだとしたら、一体どんな顔をすればいいのだろう。


そんなことをモヤモヤと悩んでいたら、急に成世から連絡が来た。



『俺は大学受験もポラリズも、両方本気で取り組みたい』



成世は紗希子にそう宣言した。紗希子は力強く頷いた。



『わかった。なら両方本気で取り組める方法を一緒に考えよう』

と返事した。


君が本気なら、私だって本気でやるしかないでしょ。


そういうわけで、ツアー中の学習サポートとして、『通話アプリでの質問』『その日勉強した内容をLINEで報告』を実験的に開始したのだった。



コンサート当日なんかはやはり忙しいのか、夜中の1時に報告LINEが来たりして、毎日ちょうどに23:00に入眠する紗希子はそれによって起こされるわけだが、不思議と悪い気はしなかった。


『今日はこれだけしかできなかった・・・』と、反省しているネコのスタンプを添えて送ってくるメッセージが何だか可笑しくて、頬が緩む。


『仙台公演お疲れ様。ゆっくり休んでね、おやすみ』





紗希子からのLINEはいつも文字だけで素っ気ないものだったけれど、嬉しかった。


何だろう、この気持ち。


活力が沸いてきて、ついもう1問頑張っちゃおう、なんて。明日は移動日だし、睡眠は移動中に取れるからと、成世はもう1問、取りかかり始めた――。





翌日は朝から仙台を出発し、約12時間かけて札幌まで車移動。春木が運転する中、大弥、王子、マリオはハイテンションで山手線ゲームなんかをやっている。


そんな中、成世はあっという間に夢の中へ誘われた。




場面はポラリズのコンサート――


客席には大勢のファンが駆けつけてくれていて、最高に幸せで・・・でも俺は次の瞬間、到底判別のしようもないほど距離があるにも関わらず、一番後ろの席にいるアイツの目をはっきりと捉えてた。


遥か遠い空の彼方に輝く星のように、特別輝いて見えたからだ。


アイツが観てくれていると思うと、俺は足の先からみるみる力が沸いてきて、いつも以上に激しく情熱的に歌い、踊ることができた。


でもアイツは・・・アイツの瞳が真っ直ぐ放つ光線の先にいたのは――俺じゃない。


嫌だ・・・。嫌だ嫌だ!




「――成世!大丈夫か!?」


成世は晃斗の声で現実に引き戻された。あれだけ大騒ぎしていた大弥たちも、息を呑むように成世を見ていた。


夢の中で紗希子の視線の先にいた大弥の顔が視界に飛び込んできて、苦い気持ちになる。


「みんなごめん、ちょっと悪い夢見た」

途端に恥ずかしくなってきて、成世は俯いた。



「相当うなされてたよ?どっか具合でも悪いのかと思ったよ」

「良かった、夢で」

王子とマリオが口々に安堵の声を上げ、


「なんだよぉ、俺がそばにいてやろうか?手を繋いどいてやるよ?肩も貸すし」

と冗談めかして大弥が言った。


「いらね、余計悪い夢見るわ」

「嘘!?俺と成世の仲じゃ~ん」


車内は聞き慣れた笑い声に包まれて、和やかなムードに変わりゆく。


あんなのただの夢だ、と成世は心の中で自分に言い聞かせた。


晃斗が成世をじっと見つめていることには、この時の成世は気付いていなかった。





早く会いたい。でもそれが無理ならせめて、褒められたい。優しい言葉を掛けられたい。


札幌での公演を終えたポラリズは、次の名古屋公演まで少し間が空くので、一度東京に戻った。


けれど紗希子も大学の試験とレポートが忙しいらしく、名古屋まで授業はお預けだった。


久しぶりに自室の机で勉強していたら、なんだか笑いが込み上げてくる。


俺、いつの間にかアイツの授業を楽しみに生きてんじゃん。


そう気付いてしまって、なんだか可笑しかったのだ。


よし、こうなったら――名古屋で会った時には、少しでも成長している姿をアイツに見せたい。


成世はレッスンや仕事をこなしながら、より一層精を出して勉強に励む日々を過ごした。

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Secret Lesson〜イケメン高校生アイドルとアイドルに無関心な東大生家庭教師の相関関係〜 森川 町音 @matine_morikawa

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