【KAC20244】パンダと「ささくれ」の一カット

武江成緒

パンダと「ささくれ」の一カット




 左手の、ひとさし指の爪の根元に、ささくれができた。




 はがれた皮を引っぱると、なかなかちぎれず、包装フィルムについてるテープみたいに、ぴーっ、って長く切れちゃった。

 バンソーコーもはらずに、そのままほっといたら、傷のあたりがふくらんできて。

 だんだんと、傷の中から顔がでてきた。


 鼻つきだして、黒い目をした、パンダの顔だ。




「なぁ、なんでパンダなん?

 『ささくれ』だから? 「笹くれ」って、安直すぎんだろ」


『メタなことを言うものじゃないよ。

 べつにパンダだからって、不都合なことがあるってわけじゃないだろう?』


 授業の声は右から左、教科書をシールドにして、ひとさし指をたててパンダと会話する。




 ハタから見たらやばいどころじゃないだろうけど、もうそんなん、今さら気にするコトでもない。

 ウチのクラスは、てか、学年は、一年もまえから雰囲気ささくれ立ってて。

 指のささくれだなんてもう、何でもないコト。

 口内炎、湿疹。教室で胸のドキドキやふるえが止まらなくなるのも、一周まわってなくなった。

 まあそんなメンタルだからこそ、指から顔出すパンダと会話なんてできてんだろうけど。


「あんた、そこから出てこれるん」

『出てこられるとも。もう少しばかり時間が要るとはおもうけどね』

「もう少しって、どんぐらいよ」

『簡単に言えば、この一帯のささくれが進行して、まあ、崩壊をはじめたときだね』


 いや待ってよ。それって一体どんなときだよ。

 思わず教科書シールドから目を出して、まわりを偵察してみたら、どうもそのとき、意外にはやく来ていたらしくて。


 教室全体ささくれ立ってた。文字通りのまんまの意味で。


 壁も天井も黒板も、クラスのやつらや教師の顔や首や手も、どんどんささくれ立ってきて。

 そこから無数のパンダの顔がのぞいてる。




「これが世界の崩壊ってやつ?」

『まあそういうこと。世界の終点にて異論が唱えられたからね。

 それは世界の流れ全体に異論がぶつけられることで、世界は変調し瓦解してゆく』

「意味がわからないんだけど」

『不快かい?』

「いや、全然。

 あんたはどうなん?」

『そりゃ不快なわけがないだろう。

 世界へ出てこられるのだから』


 崩壊する世界へ出てきてうれしいのかね。


『なにより、笹が食べられるからね』


 やっぱり「笹くれ」なんじゃないか。




 ささくれて、ささくれて、崩壊してゆくばかりの教室。

 その空気がふいに変わった。



 ささくれた空間を、ずばっ、って切り裂くような響き。

 ささくれとは質のちがう何か。

 切り裂かれた空間からは、長い刃物があらわれて、それを握ってるヤツが教室へとでてくる。


 まあ、世界の崩壊を止める系のバトルがはじまるんだろうか。


 なら、わたしの役どころは、そいつを止める側なんだろう。




「あ、そうだ。聞いときたいんだけど」

『なんだい?』

「なんでレッサーパンダなの? パンダ、いやほら、ジャイアントパンダのほうじゃなくてさ」

『なんだね? レッサーパンダで何か悪いとでもいうのかい?

 パンダといえばジャイアントパンダ……こんな世界はたしかに崩壊してしまった方が……』


 なんだかまずい所に触れちゃったらしい。


 まあいいや。


 身がまえると、レッサーパンダ……いや、パンダの爪と牙がわたしの身体にもはえてくる。


 牙をむきながら、世界の崩壊を止めようとするものにむかって身構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20244】パンダと「ささくれ」の一カット 武江成緒 @kamorun2018

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ