悪魔のささくれ

大隅 スミヲ

第1話

 指に痛みを感じた時、そこがになっていることを男は知った。

 冬場は特に乾燥しているため、ささくれになることが多い。


「なんだよ、血が出てきてしまったじゃないか」

 男は独り言をつぶやき、血が流れ出る人差し指を口に入れて血を舐める。


 自分の血というのは、なんとも奇妙な味がした。

 そう感じるとともに、一〇年ほど前にいただいた彼女の味を思い出していた。


 あんなに官能的な味を口にしたのは、初めてのことだった。

 思い出しただけでも、あの時の気持ちが蘇り、男は勃起していた。


 その晩、男は彼女の首に噛みつき、そしてその首の肉を食いちぎった。

 男に噛まれた彼女は顔を真っ青にしながら痙攣し、絶頂を迎えるような表情を浮かべた後、男にもたれ掛かるようにして絶命した。

 あんな官能的な夜を男は、二度と経験することはできないことだろう。


 謎の伝染病、デッドマン・ウイルス。

 このウイルスに感染した者は、心肺停止した状態となり、一度死ぬ。

 しかし、その数時間後によみがえり、人を襲うようになるのだ。

 だからデッドマン(死人)と呼ばれるわけだ。

 ただ、このウイルスには別の名前も存在していた。その名も、カニバリズム・ウイルス。

 デッドマン・ウイルスに感染した者は、非感染者に襲い掛かり、その肉を喰らう。

 噛まれた者はウイルスに感染し、発症する。

 このようにして広がっていったデッドマン・ウイルスは、瞬く間に地球全土を覆った。

 そして非感染者がいなくなると、今度は感染者同士がお互いが喰らい合い、その個体数を減らしていった。

 その食欲は無限であり、人間同士は己の欲を満たすために、食し合った。


 それが一〇年前のことだった。

 暴食。それは七つの大罪のひとつ。

 その暴食を司る悪魔の名を取り、人々は彼のことをブブと呼んだ。


 あれから一〇年。彼は最後に彼女のことを食してからは、誰のことも食してはいない。

 なぜなら、彼はすべての人類を喰い尽くしてしまった地球最後の人類なのだ。

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悪魔のささくれ 大隅 スミヲ @smee

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