第4話 姫の信念

「……姫様は、」


 姫が先を歩き、その半歩後をグレンが追う形で、二人は街道を歩いていた。


「姫と呼ぶな。フレイヤでいい」


 王国の領内とはいっても、魔物はどこにでも出る。それを警戒して、必要以上に外を出歩かないのが、人々の習慣になりつつあった。なので、往来は寂しい。

 一度立ち止まってびしりと言って、姫はまた歩き出す。

 では、とグレンは遠慮がちに姫の名を呼ぶ。


「フレイヤ様は、僕のような者と一緒でよろしいのですか?……仲間になる予定だった者たちにも、僕のせいで逃げられてしまったようなものだというのに」

「それはきっと、貴殿だけのせいではない。貴殿も、〝ささくれ姫〞の評判は知っているだろう。だから、わたしのせいかもしれんしな」


 自虐気味に言う姫に、何とも言えない顔をしてグレンは押し黙るしかなかった。

 姫の方こそ、自分と旅をしたい人間などいないだろうと思っていた。だからこそ、言っておかねばならないことがあった。


「――先に一つ、言っておく」


 姫は歩きながら、グレンをちらと振り返って言う。


「生き延びることを一番に考えろ。いいな?」


 グレンは目を丸くした。


「フレイヤ様は……王家の方なのに、そのようなことをおっしゃってよいのですか?」

「まあ、だめだな」


 あっさりと肯定する姫に、グレンは虚を突かれたような顔をして、一瞬立ち止まる。しかし、姫が構わず歩き続けるので、慌てて後を追った。


 グレンの懸念には、この国の信仰が関係していた。


 この国では、何よりも勇敢に戦って果てた者の魂を、戦を司る女神が楽園に連れて行ってくれると信じられている。勇気のない者に女神は手を差し伸べず、そのような人間の魂は楽園へは辿り着けない。

 そして、傷や病を癒す聖女の力は、傷付くことを恐れず、勇敢に戦うためにあると信じられているのだった。


 危険を恐れず、命のある限り突き進め。それが、この国の男に求められる精神だった。

 聖女の加護があることを信じ、命を賭して戦う。そうやって果てたら、戦女神が勇敢な戦士を労い、楽園へと導いてくれる。故に、何者をも前にしても、決して怖気づき、立ちすくんではならない。何があっても突き進む。それが是とされていた。勇気のない者、臆病な者は、容易に蔑みの対象となった。


「だが、知っているか? そんな戦い方をしているが故に、我が国の騎士団の損害は多い。癒しの力があっても追いつかないほどに」


 敵を恐れぬ勇猛さと、癒しの力によってこの国の騎士団は無敵と謳われているが、実体はそんなものではないと、姫は知っていた。

 癒しの力を持つのは、王族だけではない。ごく稀にだが、民間人の中にも力を持った人間は生まれる。そして、そうした者たちはほぼ強制的に従軍させられる。


 しかし、彼ら彼女らの癒しの力は決して強いものではなく、王族のそれに比べれば、応急処置ができれば御の字という程度のものだった。一番強い力を持つのは王女たちだが、彼女たちもいつも前線にいるわけではない。


「癒しの力だけを頼りにしているせいで、武器も戦術も発展しない。勇猛さも時には必要だろうが、魔王は闇雲に突っ込むだけで勝てる相手ではないだろう」


 グレンは姫の話を、黙って聞いていた。


「わたしは、この国のそんな戦い方を変えたい。勇気と無謀は違うことを、証明してみせる。だから、貴殿も決して命を粗末にするな。わたしが王族だから身を挺して守らなくてはなどと考えなくていい。――わかったな?」


 歩みを止めない姫の背中を見つめながら、グレンはぼそりと呟くように言う。


「……ご心配には及びません。僕は、騎士団に入団を許されず、家族からも見放された意気地なしですから」


 姫は立ち止まり、項垂れるグレンに向き合った。グレンは驚いた顔で姫を見つめ返す。


「だが、こうしてついて来てくれた。それに、貴殿はわたしのことを恐れずに目を見て話をしてくれる。わたしには、貴殿が意気地なしには見えない」


 姫のことを恐れ、目も合わさない人間は多かった。頭は下げるが、その下で偽物聖女と小馬鹿にされているのにも気付いていた。だから、こうして堂々と言葉を交わせる相手がいることが、嬉しかったのだ。

 その言葉を聞いたグレンの瞳が大きく揺れ、彼は俯いてしまった。その頬が微かに赤らんでいたことに、姫は気付いていない。

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ささくれ姫の冒険~聖女は傷を癒さない~ 月代零 @ReiTsukishiro

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