ヘッジホッグハート

八咫空 朱穏

ヘッジホッグハート

 傷つけられて、ささくれて。

 また傷ついて、ささくれて。


 小さな小さな傷は目立たない。だけれど確実に、心をむしばんでいく。


 いつからだろう? ……ううん、もうわからない。最初からずっとこんな感じだったかもしれない。




「だいじょうぶ……?」


 ともだちは最初からずっと、心配してくれた。


「ありがとう。大丈夫、平気だよ」


 私はいつもこう返していた――最初のうちは。




「最近元気ないけど大丈夫?」


 ランドセルを背負わなくなっても、友達はずっと心配してくれた。


「大丈夫だから気にしないで?」


 私はこう返すようになった。心が少しだけ強くなったんだと思う。私ってそんなに大丈夫じゃないように見えるのかな……? 何もみんなと変わったところなんてないと思うんだけど。ちょっとしたモヤモヤを抱えながら日々を過ごした。




「前より元気がないみたいだけど、何かあった?」


 証書を入れる筒がふたつに増えても、一番の親友は心配し続けてくれた。


「なんにも……」


 いつからかハリネズミになった私の心は優しさが受け付けられなくなった。それが例え、たった一人だけの親友だったとしても。たった一人の親友だからこそ、私は傷つけるのが怖くてそれを受け取れなかった。


 自分が傷ついてしまう言葉だけが心に届いて、寄り添うような言葉は私の心には届かない。ささくれだらけの心に問いかける。


 私はいつからこうなっちゃったんだろう?


 答えのでない問題の答えを探していたら、いつの間にか制服を着る日々が終わってしまった。




「どうして、いつもそばにいてくれるの?」


 ビール缶を回しながら親友に訪ねる。


亜希あきの味方だからよ」

「私に味方なんていないわ」

「いるよ」

「いない」

「いる」

「いない!」


 私に味方はいない。もしもいるのなら、ずっと前に――私がこんなになってしまう前に助けてくれたはずでしょ。


「ねえ、本当にいないと思う?」

「いないわよ、誰も……」

「本当に?」

「うん」


 コトン。机に飲みかけの缶を置くと、なっちゃんは私の隣までわざわざ移動して問いかける。


「それじゃ、目の前に居るのはだあれ?」

「なっちゃん」

「どんな人?」

「1番仲が良い人」

「いつから?」

「……。あ……」


 なんで、なんで気付かなかったんだろう。なっちゃんは誰よりも長く、誰よりも傍で、誰よりも私のことを気にしていた。そんな人がいたのに、なんで気付けなかったんだろう。どうして、頼れなかったんだろう?


「目の前に居るのは――」


 もう遅いかな……? でも――。お酒が回ってあんまり考えられないから、思ったことをそのまま口に出す。


「――誰よりも私の味方で、1番大切な人」


 私となっちゃんは互いに見つめ合う。


「だから言ったじゃん、私は亜希の味方だって」


 いつもと変わらない優しい顔に二筋のキラメキがこぼれる。それを見て、なっちゃんに釣られるように想いがこみあげてくる。


「ごめん、ごめんね……。ずっと、ずっと気付いてあげられなくて。ずっと素直になれなくて……」

「いいのいいの。亜希が笑ってくれた、そのことが嬉しいんだもん」

「――っ!」


 私はなっちゃんに抱きつく。なっちゃんは私の勢いを受け止められずに床に転がる。そのまま起き上がろうともせずにそっと私の頭をでる。


 なっちゃんの触れたところからあたたかいものが流れ込んできた。それはトーストに塗られたバターのようにゆっくり溶けて、ささくれの傷跡から心の奥までじんわり染み込んでくる。


「……。あったかい。これすき……」

「…………」


 なっちゃんは無言で私の頭を優しく撫で続ける。そうされているうちに、ぼんやり思ったことがそのまま口から出てきた。


「なっちゃんも、すきぃ……」


 お酒と優しさでとろけた頭はまともなことを考えない。ちょっとだけおかしなことを言ったような気もするけれど、それが今の気持ちだしいいや。


 撫で続けていた手が止まる。


「私も、亜希のこと好きだよ?」


 手が頭からほおに降りてきて、なっちゃんの顔が近づいてくる。私は拒まずにそれを受け入れる。


 柔らかくなったハリネズミの心は、なっちゃんの優しさをめいっぱい受け止める。重ねた唇からは、もっとあたたかい感情が流れ込んできた。

 


 

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ヘッジホッグハート 八咫空 朱穏 @Sunon_Yatazora

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