そぞろ歩きと酔っぱらい
此木晶(しょう)
そぞろ歩きと酔っぱらい
黒崎と飲みに行き、そのまま数件梯子したその帰り。
空には丸く大きな満月がぽっかり浮かんでいた。
暖かい日が増えてきたとはいえ、流石に夜、それも深夜となると時折息が白く染まる位には寒い。時々立ち止まっては息を吐き、白く変わる様を眺める、そんな事を繰り返しながら益体もない話を黒崎と重ねていく。
例えば、この間没になったバケツリレー殺人事件の修正案を。
或いは、るるるの妹が主催している筋トレ集団に黒崎を誘ってくれと頼まれたことを。
若しくは、次に飲みに行く店はどこにするかとか。
幾つかは無言で無視され、幾つかはこっぴどく修正を入れられ、幾つかは楽しげに答えを返された。
明日、眠りから覚めた時にいったい幾つ覚えているだろうかなんていう、他愛もない極々当たり前な言葉のやり取り。。受け止めてもそのまま返さず仕舞いこんで、別の話題を投げつける。暴投しても気にせずに無視して、拾いにもいかない。お互いわりと好き勝手に、適当に気儘に言葉をぶつけ合う。
乱暴と言われても、それで気楽なのだから仕方がない。
意味もなく理由もなく笑いたくなって、流石に近所迷惑かと勝手に叫びだしそうな口を手で押さえた。
チクリと指先に痛みが走る。
顔をしかめて確かめれば、薬指の爪の際にささくれが出来ていた。少し血が滲んでいる。ポケットから手を出す時にでも引っ掻けたか。騒ぐ程ではないがささくれに何かが触れる度に小さく痛みがあるのは正直鬱陶しい。いっその事毟ってしまおうかと考えていたら、黒崎に「止めとけ。悪化すんぞ」と制止された。
なんというか、目敏い奴だ。此方は、痛いとも言っていないのだが。そのまま指を掴まれ、黒崎がいつも着ているスーツの内ポケットから取り出した絆創膏を巻かれた。
「家帰ったら、剥がしてささくれはハサミで切っとけ」
礼を言う間もなく先に歩き出す。相も変わらず愛想がない。まあ、いきなり愛想が良くなったら、大爆笑する自信があるのだが。
「おい、黒崎」
呼びかける。振り返りもしない。嗚呼、なんて扱いだ。首根っこひっつかんでやると手を出しかけて、指先で輪になった絆創膏が目に入る。なので、慌てて逆の手を伸ばした。
そぞろ歩きと酔っぱらい 此木晶(しょう) @syou2022
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます