第20話 日暮れにて。

 くぁ……。

 欠伸をして起床し、大きく伸びをする。


 よく眠た。


 とりあえず解決の目処が付き精神的に楽になったお陰か、とてもよく眠れた。

 今だから分かるが、ここ最近の俺は余裕がなくなっていたからな……。

 正直、人助けなんて俺らしくない事をしているという自覚はある。

 それでも俺がこの世界で生きていく上で、彼女達の運命を変えるのは成し遂げたい事なのだ。



 ぐぅ。



 腹減った。


 ベッドでぼんやりと考え事をしていると腹が鳴った。

 この身体、やたらと燃費が悪いんだよな。

 すごくキレはいいし思い通りに動いてはくれるものの、すぐに腹が減るのだ。

 筋肉質な身体ってそういうモノなのか、それともこの身体が特別なのか分からないが……。

 まぁ、幸いこの宿は食事付き、さっさと朝食にしよう。

 異世界の飯ってマズいっていうのが定番なんだけどこれが結構美味いのよ、意外な事に。

 この世界で生きていく上ではとてもありがたい。


 階段を降り、食堂に顔を出すと食器の片づけをしている宿の主人がいた。

 どうやらゆっくりしていたせいか、他の客は朝食を取った後らしく彼以外の姿は無かった。

 降りてきた俺の姿に気付いた彼は軽く微笑んで挨拶してきた。


「おや? アマイモンさん、おはようございます」


「あぁ、おはようさん。朝飯まだ残ってるかい?」


「もちろんです。スープ温め直しますね」


「今日はなんのスープだい?」


「今日は根菜と牛鬼のスープです」


 そんな雑談をしながら、俺はなるべく綺麗に見えるテーブルを見繕う。

 この宿屋は結構綺麗な方だが、それでも現代日本で育った俺にとってはちょいとキツいんだよね。

 別に潔癖症ってわけじゃないはずなんだけど。


 ……そういやあ、すっかりぼっち飯になっちまったなぁ。


 綺麗どころの連れが二人いるのに、気付けばたった一人だ。

 でも、飯くらい落ち着いて一人で食いたいのも事実だ。

 ……ここら辺は中身の陰キャ要素が強すぎるのかもしれない。


 全部終わったら、二人を連れてちょいと豪華な飯でも食いに行くか。


 つーか、あの二人今どこに居るんだ?

 最近忙しくてきちんと話し合うことも無かったからなあ……。

 一応偶然ではあるがムルムルとは昨夜出会えたけど、フルフルなんて顔さえも見ていない。

 彼女達の為とはいえ、我ながら酷いな!


「俺の連れの姉妹、フルフルとムルムルってもう出たかな?」


 キッチンにいる宿の主人に訊ねる。

 ほかに客がいるならアレだが、今いるのは俺だけだから別に構わんだろう。


「フルフルさんは見てないですけれど、ムルムルさんは少し前に出かけましたね」


 スープとパン、それに目玉焼きらしきものを載せた皿を持って来た宿の主人が教えてくれた。

 おお、美味そうだ。


「フルフルさんは俺も最近顔見てないんだよね……。危ない事してなけりゃいいんだけど」


 そうボヤくと、宿の主人が笑って答える。


「ははは、街中だとそんなに危険な事は無いと思いますよ。マフィアの縄張りに突っ込まなければ、ですけど。まぁ、少し前にはスラム街があって結構危険だったんですけど、それももう無くなっちゃいましたからねぇ……」


「何でなくなったの?」


「火事で燃えました。原因は不明ですけど、役人たちは喜んで片付けて都市計画を練ってるらしいですよ」


 火事、ねえ。


「ほーん……でも燃えちゃったならさ、スラム街の連中があふれ出して街中の治安が悪くなるんじゃねーの?」


「いや、それが意外にそうならなくてですね。家が無い連中は役人たちが保護して仕事を斡旋したりしてて、それ以外のヤバいことやってた連中は他所の町に出て行ったらしいですわ」


「……燃やしたの、役所の人間なんじゃねーの?」


「かもしれません。だけど、治安が良くなったのならワシらは文句ないです」


「確かに……」


 真理である。


 他にも昨日の夜から息子が部屋に引きこもっててどうしようか、といった宿の主人の悩みを聞きながら朝食を取る。


 うん、美味い。

 しかしもう一度記憶を攫ってみるが、この町が燃えたなんて事件はやはりゲームでは無かった。

 スラムは存在していたし、そこで起きるイベントもあったはずだ。

 今回の計画では関係なかったが、今後の展開ではなにか問題が発生するかもしれない。


 ごま塩程度に頭の片隅に入れておこう。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝食後、フルフル・ムルムル姉妹の動向を知らないのはやはり不味いと考えた俺は、二人を探しに町に出た。

 一応、シャックスことスコクス・シャズとの会談は夕方であるので、昼過ぎまでは自由時間なのだ。


 二人とも割と目立つ存在なんで、買い物ついでに探せばすぐに見つかると思ったのだが……。


「……目撃者さえいないってのはどういう事だ?」


 陽が傾いてきた大通りで独り言ちる。

 ムルムルは朝に宿屋を出たところまでは間違いないのだが、その後公衆浴場にいったあとの足取りがぷっつり途切れている。

 本格的に調べれば何か分かるかもしれないが、ちょっとした聞き込み程度では情報が全く出てこなかった。


 フルフルに至っては全くの行方不明だ。

 というか、どうやらここ数日は宿にすら帰っていないようだ。

 何度か彼女の着替えとかを取りに来た人間が居たらしいが、フルフルとの関係性は不明。

 ……なんかのトラブルに巻き込まれてる?


 その割には扱いが「お客様」らしかったから、致命的なトラブルではなさそうだが……。

 なんか、今更だけどすごく嫌な予感がしてきた。

 うん、今日のシャックスとの会談がどう転んだとしても、明日は彼女達を探そう。


 そう思いながら、俺は夕陽に照らされた裏道を歩く。


 今日の俺はいつもの服ではなく、昼に購入したフード付きのローブを羽織っている。

 正直滅茶苦茶怪しいが、体格に加え顔も視認し辛くするにはこれが一番なのだ。

 ……よく漫画に出てくる怪しい奴がこういう格好しているけど、理にかなってたんやね。


 ゲーム中ではそういう「変装」といった要素は存在しなかったが、やはり時と場合によって装備は変えるべきだろう。

 所謂、TPOというやつだ。

 ……ただでさえ俺の見た目は目立つしな。

 イケメンになってラッキーと思えないデメリットばかり思いつくのは、ひがみだろうか?

 いや、自分にひがんでも仕方ねえんだけど。


 道は憶えていたので、目的の店にはすぐに辿り着いた。

 相変わらず威圧感すら感じる造りの扉を押し開ける。


 ぎい。



「アマイモン様、ようこそいらっしゃいました」


 そこでは以前と同じように、白髪の紳士が微笑みながら出迎えてくれた。

 俺は懐からシャックスから受け取った招待状を取り出し、彼に見せる。


「はい、確かに伺っております」


 微笑む老紳士にほっとする。

 追い出されたらどうしようかと思ってたぜ。


「一番奥の部屋でございます」


「分かった、ありがとう」



 最低限、足元だけが照らされた廊下を歩く。

 街中にある店とは思えない程静かで、聞こえるのは自分の足音だけだ。

 とりあえずシャックスとどう取引をするかはシミュレーションしてきた。

 ある程度は柔軟に対応できるはずだ。


 ……上手く行くといいな。


 全て俺の目論見通りにいけば、全員幸せになれるはずだ。

 俺にはできる、それができる!



 シナリオを、運命を変えてみせる!!





 決意を新たにし、俺は扉を開いた。













 部屋は真っ赤な血で染まっていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇あけましておめでとうございます。

 明日から俺も仕事です。

 ようやく無職が終わる……。


 ◇次で甘井君側は終わりの予定です。

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理不尽系ラスボス俺氏、残念ヒロインズと無事〇〇する。 みかんねこ @kuromacmugimikan

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