第19話 闇夜となる。

「……まだ見つからないの?」


「はい、未だ見つかったという報告は届いておりません」


 私の隣に立っている人相の悪い男の言葉に、私は今日何度目になるか分からない溜息を吐く。


 一目見て一級品と分かる家具が設えられた、とても豪奢な一室。

 その奥で椅子に座った私……フルフルは一向に届かない吉報にイライラを募らせる。

 まだ、まだ見つからないの!?

 早く見つけないと……私は、私は!!!


『これ、折角整えた爪を噛むでない』


「あ……」


 不意に聞こえてきた言葉に慌てて口元から親指を離す。

 そうだ、私はここの主。

 爪を噛むなんて稚気じみた行動はするべきではない。

 ……子供の頃の癖がまた出るなんて、ここ数日はどうにも感情制御が上手く行かない。


『かなりの人数を使って探しているのであろう? なぁに、この町の規模はそこまで大きくはない。そんなに慌てずともすぐに見つかるはず。なれはどんと構えておくべきじゃ』


「……そう、ですね」


 気を落ち着ける為にテーブルのティーカップに手をやると、それがすっかり冷めてしまっている事に気が付いた。

 思っていたより考え込んでいた時間は長かったようだ。

 ここには私の思索を邪魔する人間がいないから、どうにも時間の感覚が掴みにくい。

 疲れも相まって、知らず知らずの内に眠り込んでしまう事もしばしばある。


「ゲズー、新しいお茶を用意して」


「はッ」


 私が声を上げると、部屋にいた強面の男が頷き、ポットを持ち上げ部屋を出て行った。

 ふん、マフィアのボスもこうなってしまうと形無しね。


 この部屋にはゲズー以外にも数名の男がいるのだが、いずれも強面のやくざ者だ。

 と言うか、この豪奢な部屋は本来彼らのものである。

 ここはスラムを束ねるゴロツキの、最大派閥であるゲズー一派ののねぐら。

 何故、私が彼らを顎でこき使っているのか?


 それは偏に、神札タロット女帝エンプレス』の力によるものだ。


 人を従え、忠実なる臣となす力。

 簡単に言えばそうなる。

 とても加減が難しい力で最初は制御ができず何人か廃人にしてしまったのだが、何度かの失敗でようやくコツを掴んだのだ。

 所詮はスラムのゴミ、私の役に立てた事を光栄に思うべきだ。

 そもそもあいつらが襲ってきたのだから、正当防衛よ。


『ほほほ……順調に力の行使が上手くなっておるの。それもなれが妾の言葉をよく聞き、その力を受け入れたからよ』


 この声は私にしか聞こえない声だ。

 私の心に直接響く声だ。

 声の質から察するに、それなりの歳の女性。


……」


 彼女は神札タロット女帝エンプレス』に封じられた存在らしい。

 神札タロットの使い方に四苦八苦していると、突然話しかけてきたのだ。

 なんでも私は彼女の娘に似ているらしく、力に振り回されていた私を見かねて手を貸してくれた。

 なので私は彼女を「お母さま」と呼んでいる。


『妾の……妾達の力は使えば使う程上手く使えるようになるのじゃよ、フルフル。妾達は一種の願望機、人の願いを叶える存在よ。……──……人の願いとは言い換えれば『欲望』、それは生きる上で必須の存在である。しかし、人はその欲望を否定しがちなのじゃよ……──……その身に、その魂に魔力による刻印が刻まれ……───』


 話が長い。


「……よく分からないけど、いっぱい使えば良いのよね、お母さま?」


『………………………………そうじゃ、使えば使う程良い。さすればなれはよりされ、目的の達成も容易になるじゃろう』


 うん、がんばろう。

「お母さま」は私が間違ったことをすれば叱り、良い事をすれば褒めてくれる。

 母親というものはそういうモノだと聞いたことがある。


 私とムルムルには母がいない。


 いや、生みの親は存在するはずなのだけど、物心ついた時にはいなかった。

 理由は知らない、誰も教えてくれなかったから。

 私達の世話をしてくれたのは祖母で……私が10歳になるころに亡くなってしまった。

 だから、私は「母親」と言うものがよく分からない。

 そんな私に親身になってくれる神札タロット女帝エンプレス』は、きっと「お母さま」と呼ぶにふさわしいに違いない。


 だから、彼女の言葉は絶対なのだ。


 ばぁん!


「ボス!」


 その時、扉を乱暴に開けて一人の男が入って来た。

 がっちりとした体躯を持つ、見上げんばかりの粗野な大男だ。


「……ザック、私の事はボスじゃなくて女王クイーンと呼びなさい」


「へへぇ……すんません」


 そう言って頭を掻きながら笑う男。


 ザックはこの町の冒険者で、この町最強の男だという。

 ……アマイモン様より強いようには見えないけど。

 とにかく彼はこの町出身で、町の裏側に精通している事は間違いない。

 私の願いである「シャックス探し」をするにはうってつけの人間だ。

 ちなみに彼も町を歩いていたら絡んできたろくでなしの一人だったので、神札タロットの力で従えた。


「それより姐さん、見つけたんですよ!」

「シャックスを見つけたの!?」


 思わず椅子から立ち上がる。


『ほうれ、見つかると言ったろう?』


「お母さま」が楽しそうに言う。

 やっぱり「お母さま」のいう事は正しかった!


「いや、そのシャックリとか言う奴じゃないんですけど……」


「はぁ!? どういう事!?」


 こいつ、ぶっ殺してやろうか。

『これこれ、落ち着け』


「いや、そいつが偽名使ってる可能性ってぇのを考えましてね? 姐さんが言ってた特徴……浅黒い肌を持つ銀髪に一致する男を探してたんでさぁ」


「……なるほど。そいつの名前は?」


「スコクス・シャズ。この町の名士の一人でさぁ! 壁の内側に家族と住んでるみたいで」


 名士!?

 なに、アイツ私の父を殺して逃げてきたこの町で成功してたって言うの!?

 ふざけるなっ!

 激情のあまり視界が真っ赤に染まる。


『落ち着け』


 落ち着いてなんて、いられるものですか!!!

「お母さま」に私の気持ちが分かる訳が無い!


『そうかもしれん。だが、ここで怒り狂っても何も意味がないじゃろう?』


 ……はい。


「それでスコクス・シャズについて色々調べてきたんですけど……───」


 そう言ってザックが説明を始めた。

 彼の話を聞けば聞くほど、スコクス・シャズがシャックスである可能性が高い気がする。

 ……この町で頭角を現した時期も一致する。

 なにより、行動が私の知っているシャックスと一致する。


 間違いない、「スコクス・シャズ」は「シャックス・ウルグス」だ。


 ミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタ、ついに、ミツケタ!


 ケタケタと笑う。


 笑う。




 笑う。



 さぁ。

 殺そう。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇……え、今年最後の話がこれ!?


 ◇今年も当作品を読んで頂き、ありがとうございました。

 来年もよろしくお願いいたします。

 ……多分、来年中には完結します。


 ◇あ、教導者も多分書きます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る