エピローグ.『都市の夜明け』

 連合会ビルの屋上からは、夜景が良く見えた。今まではガラス越しに見て、全てを知った気になっていた自分が少し恥ずかしくなるほとの絶景だった。

 街の端が白んでいる。すみれ色の空。


 もうすぐ夜が明けるだろう。


「銃で撃たれた傷は大丈夫ですか?」


「掠っただけだよ。血も止まった」


 屋上で軍のヘリコプターに乗せてもらう予定だ。あと少しでヘリコプターの点検が終わり、地上に帰れるだろう。


 エーデルグレンツェを中心とした騒動。

 第二十三回アマテラス・メジャーと、一組の人間アイドルを巻き込んだ事件が、主犯であるデイビッド・ヒューイットの逮捕を経てようやく終わった。

 しかし、たった一人を逮捕したところで、都市に蔓延る犯罪が全て消えたわけではない。

 軍はデイビッドの余罪を含めて、協力者を洗い出し、一掃する予定だと語ったが……全てを明らかにするには難しいだろうと語った。


 デイビッドは、最後になって老いに飲まれた。もう、自分が誰なのかも分からない状態だという。

 病院で治療を試みてはいるものの、理性を取り戻す確率は限りなく低いという話だ。


「明日は、アマテラス・メジャーの閉会式です。参加すれば多額の賞金を得ることができるでしょう」


「……そうだな」


「もう、借金に苦しむ必要は無くなるのです」


 エリヤはそれに答えることなく、屋上の柵に寄りかかって、細い息を吐いた。


「……アカリは、」


「行方不明のままです。捜索隊が橋の下を調べている最中です」


「……」


「亡くなったと決まったわけではありません。続報を待ちましょう」


 何だが、やるせなかった。

 もっと出来ることがあったのではないか。

 そんな、もしもを考えてしまう。


 やがて、エーデルグレンツェが静かに歩いて、夜景を眺めるエリヤの横に並んだ。


「……オレ、親父に会ってみようと思うんだ。軍から親父の収監されている刑務所の情報は貰った」


「親子の感動の再会、ですか」


「そんな大層なものじゃないさ」


 エリヤは乾いた声で笑った。

 親父はチャンピオンロードからエーデルグレンツェを盗み出したから、エリヤは彼女に出会うことができたのだ。

 そこのところは少しばかり、ありがとうと言ってやっても良い。


 だから、会うのだ。

 また歩き出すために。


「私も……行きたいところがあります」


「どこに行きたいんだ?」


「母の家へ」


 エーデルグレンツェは透徹した瞳で空の向こうを見つめていた。


「私も、確かめなければならないことができましたから」


「……また復讐するとか言わないよな?」


「まさか」


 エーデルグレンツェは鼻を鳴らして、エリヤから目を逸らしてしまった。

 そんな様子に、エーデルグレンツェに感じていた重い憑き物が取れたような気がして、まじまじと見てしまう。


「そういえばさ。結局、じーちゃんとの約束は果たせたのか?」


「……」


 そこで、真っ白な光がアマテラスの端から覗いてきた。光は一瞬で世界を塗り替えて、新しい朝へと繋げていく。


 夜が明けたのだ。


 太陽の光を浴びたエーデルグレンツェは、気持ちよさそうに金色の瞳を細めて、都市を眺めている。

 白い髪が風になびいている。


「もう、かつての約束は果たせません。──でも、新しい約束を見つけました」


 背後から呼ぶ声が聞こえる。

 もうヘリコプターの点検が終わったようだった。


 欄干に寄りかかっていた姿勢を正して、エーデルグレンツェに手を差し出す。

 握り返してくる感触は、柔らかい。


「……私はマスターの何なのですか?」


「まだその答えは出せない。けれど、オレはオマエと一緒にいたいんだ。これからも、ずっとな。競技場の外でも、アマテラスの外でも」


 エリヤとエーデルグレンツェは、太陽の光に背を向けて歩き出す。


「私、ここにいますから」


 二人の首筋を心地の良い風がそっと撫でていった。

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機械少女に捧げる都市英雄譚 紅葉 @kiaka

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