第2話 降伏
1942年4月17日
アレンは20歳になっていた。アメリカ兵として戦闘機に乗っていた。今から、日本に爆弾を落としに行く戦闘機のパイロットをしていた。アレンは爆弾を落とすことに抵抗を抱いていた。しかし逆らえば反逆だといわれ牢獄にぶち込まれる。いわれるがままの状態だった。しかし、アレンも仲間を殺された。親友を失った。鳴のことなど頭の隅の隅にしかいなかった。
アレンは次の日本の爆撃地の確認をしていた。
「”東京”」
この時、パイロットになって初めて鳴のことを鮮明に思い出した。
「鳴…日本人はアメリカに戦争を仕掛けてしまった。もう日本はだめだ。でも、鳴。君は生きているのか?」
アレンは猛烈に今まで行ってきたことを後悔した。悔やんで悔やんで、最後に鳴の安否を心配した。日本人を殺してしまった。鳴を危険な目に合わせていた。危険な目に合わしに行く。なんて最低なんだ。とアレンは自らを苦しめていた。
その頃、鳴は赤十字病院で看護師をやっていた。毎日運ばれてくる負傷兵の手当てを毎日必死にやっていた。それでも病院は機能停止寸前まで追い込まれていた。助けられるのに助けられない命がたくさんあった。鳴も同様にアレンのことなど頭の隅の隅にしかいなかった。アレンのことを考える余裕すらなく手当に追われていた。
1942年4月17日 東京大空襲
朝は晴天だった。とても穏やかな春の日で桜もとてもきれいに咲いていた。鳴は4週間ぶりに負傷者手当がひと段落した。その日は家に帰りお風呂に入りゆっくりとご飯を食べた。その時だった。耳の奥底を共鳴するような空襲警報が鳴った。鳴は急いで残りのご飯を食べ、走って病院へ向かった。病院は空襲で被害を受けた人たちが一斉に押しかけてくる。誰一人として死なせたくなかった鳴は誰よりも早く道を駆け抜けていった。しかし、思ったより戦闘機の数が多く、到着が早かった。爆弾はものすごい勢いで落ちてきた。それでも鳴はめげずに走り続けた。桜の木が燃えている。家が燃えている。鳴は泣いた。どうして自分はこんな世界に生まれてきてしまったのかと。嘆いた。もうこれ以上戦わないでと。届かないこの声はむなしく空を散った。
アレンは爆弾が落とされ火が燃え広がっている東京を戦闘機に乗って見ていた。懐かしい風景に心を痛めた。この瞬間にたくさんの鳴との思い出がよみがえってきた。泣いた。声を抑えて泣いた。胸が苦しくなった。なぜ今まで忘れていたのか、なぜ今まで平気で人を殺していたのかが不思議だった。もうこれ以上誰も死なせたくないという思いでいっぱいだった。アレンは一本の桜の木を見つけた。そこはかつて鳴と一緒に座っておしゃべりをしていたベンチの傍の木だった。鳴が泣いている気がする。鳴が苦しんでいる気がする。胸が痛くなった。今この時も空襲の恐怖に耐えているだろう。鳴は無事でいるのだろうか、と不安がよぎった。その時だった。
見えた。
鳴が走って赤十字の病院へと入っていくところが。あれは間違いない。鳴だった。俺が見間違えるわけがない。そう思った。鳴は生きていたのだと思った。いや、そう思わなければ精神がむしばまれてしまいそうだった。
翌日、アレンは太平洋上にある母艦へと帰還した。そして、手紙を書いた。鳴への手紙をあの病院へ向けて。鳴の正確な居場所を知らなかったアレンはあの病院へ手紙を送ることしかできなかった。届かないかもしれない、送らせてもらえないかもしれない。でも、それでも、書きたかった。どうにかして届かせたかった。自分の声を、文字を鳴へ。電話もした。でも届かなかった。東京は大空襲により焼け野原となり電線一本もたっていなかった。
1945年8月15日 日本はポツダム宣言を受託
第二次世界大戦と呼ばれる太平洋戦争が終結した。日本は負けた。アメリカ兵は日本に行った。俺は23歳になっていた。鳴も23歳になっているはずだ。俺は戦争が終結した1か月後に日本に上陸した。正式に停戦協定を結んだすぐに行かせてもらった。俺は上司に許可をもらい、すぐに鳴を見た病院へと急いだ。すぐに君のもとへ行きたかった。病院に着いた。中に入った。中には負傷した日本兵や民間人がたくさんいた。俺のことを恐ろしいものを見るような目で見ていた。そりゃそうだ。俺はアメリカ兵で日本は敗戦したからだ。看護師たちも医師たちも俺を怖がっていた。中には震えている人もいた。これが戦争だ。これが敗戦国だ。自分たちの立場をよくわかっている。そう思った。俺はそこに立っていた看護師に”高坂鳴”のことを聞いた。そうしたら驚いたように目を見開き、呼んできますと言った。俺はそこに立ち尽くした。いることは確かになった。嬉しかった、しかし、この状況を見てアメリカがひどいことをしたのも事実だ。鳴は俺のことを許してくれないだろうと思った。でも、会いたかった。会って謝りたかった。
たったの5分ほどだっただろうが、俺には永遠の時のように感じられた。
急に向こうから慌てている足音が聞こえてきた。その時、背中にものすごい衝撃を受けた。振り返った。鳴だった。鳴がいた。鳴が泣いていた。俺は鳴のほうを振り返った。そして思いっきり抱きしめた。俺も泣いた。周りにたくさんの人がいたが気にしなかった。2人は納得のいくまで抱きしめあった。そして鳴が手の力を緩めた。俺も同じように緩めた。鳴の顔を見た。怒っているような、泣いているような、苦しんでいるような、そんな感情が入り混じった顔だった。俺は戦勝国の人間で鳴は敗戦国の人間だ。つい一週間前まで命を奪い合っていたんだ。俺は下を向いた。そのとき、鳴の手が俺の頬にふれた。
「バカ。遅いわ。」
俺は驚いた。心配してくれていた。鳴は俺が迎えに行くことを信じて待っていたのだ。
「ごめん。ごめん、ごめん、ごめん。鳴、ごめん。俺、」
「何も言わないで。こんなことになってしまったのはあなたのせいじゃない。そうでしょ、アレン?」
6年ぶりに聞いた声。優しい声。俺をとがめない声。涙が出た。声が震えた。俺は、鳴の命までも奪おうとしていた。ひどい男だ。鳴はずっと待ってくれていたのに。
「ごめん、鳴。俺、ずっとパイロットで爆弾、落としてて。東京大空襲も、俺が、俺がっ。」
鳴はアレンの顔を体を包み込んだ。
「大丈夫、私のところに会いに来てくれたじゃない。それだけで私は嬉しい。約束、忘れないでいてくれて本当にうれしい。」
「空で鳴を見たんだ。ここに走って入っていく鳴を。それで思い出した。ずっと忘れてたんだ俺、ごめん、ごめん。」
「ううん。大丈夫よ、アレン。私のことを見ててくれていたの、嬉しい。あんなに遠いところから見つけてくれていたなんて。私もあの時飛行機見たよ。」
アレンは胸が痛くなった。鳴は本当に優しい。鳴は本当に暖かい。
2人はここが病院だということも忘れて泣きあっていた。周りの人はこれ以上戦争は起こしてはいけないと強く心に誓っていた。
「ごめんね、待たせちゃって。」
「大丈夫。ありがとう。」
鳴は早めに切り上げてアレンと甘味処に行こうとした。途中でアメリカ兵とすれ違うことも多々あった。2人は日本はついにアメリカに占領されてしまったのだと改めて実感した。途中で二人が初めて会った公園を通った。そこら中にあった桜の木は一本も残っていなかった。2人が初めて話して思い出のベンチも燃えて骨組みだけが残っていた。アレンは泣きそうになった。自分が落とした爆弾で思い出も文化もすべてがなくなってしまっていることを。
2人は焦げた芝生の上に座った。
「アレン、ここはすべて燃えてしまったけれどあなたは生きているわ。私も生きている。また出会えて私は嬉しいわ。日本はアメリカに宣戦布告をしてしまったでしょう、アメリカも原子力爆弾を落としてしまったでしょう。どちらも悪いわ。私たちは悪い人たちなの。このせいでユダヤ人の人たちは迫害されてしまったし、子供もたくさん亡くなってしまった。病院でいろいろな人を見たわ。戦艦に乗って沈没して、生き残ったのに自ら命を絶ってしまった人や両足両手を失ってしまった人、処置が遅れて足を切らなくてはいけなくなった人もいた。私は初めて人の足をチェンソーで切ったわ。兵士さんはうめき声をあげてものすごい汗をかいてもがいていた。私は見てられなかった。つらかったわ…」
鳴の苦しそうな声をアレンはさえぎった。
「もうこれ以上言わなくていいよ。ありがとう、たくさんの命を救ってくれて。」
「助けられない人もいて、、、泡を吹きながら、、、お母さん、お母さんって、、言っていた私よりも若い子が、、」
「ごめん、ごめん、」
「どうしてこんな世界になってしまったの。」
「どうしてだろう。でも僕たちにはもうどうすることもできないよ。」
「私、死ぬのかな。」
「君は死なない。絶対、僕が守るよ。」
「でも、あなたはアメリカ人でしょう!!だから、、私なんかといないほうがいいわ。」
「そんなことを言わないでくれ、僕は鳴のことが愛しているから会いに来たんだ。これ以上離れ離れは嫌だ。一生一緒にいてくれませんか。」
「無理よ。私たちは人種が違いすぎるわ。これから日本はアメリカの領土となって男は殺され、女は、、、」
「そんなことにはならない!なってたまるか!!」
「でも、今までの敗戦国を見てどう思うの?私たちは小さな国よ、アメリカとは違うの。広い土地もなければ資源もない。」
「マッカーサーは言っていたよ、日本はいい国だって。これからよくなるって。」
「そんなの、アメリカから見た日本の話でしょう?みんな衰弱しきっているわ。これから飢餓の人が増えたりするわ。空襲で家族を亡くした人もたくさんいるわ。私みたいにね。私よりも若い子も親がいない子なんてたくさんいるわ。その子たちはどうなってしまうの?」
「それでも生きよう。つらくても。それが僕たちの使命だ。」
鳴はすすり泣いた。静かに、でも決意を固めている目をしていた。
それから、3か月後正式にアレンは日本の駐屯兵として勤務することに決まった。東京の赤十字病院で働く鳴とは毎日会いに行っている。鳴も勤務がないときはアレンのところへ行ったりもした。アメリカは日本へ食料の支援をしてくれていた。おかげで日本の経済は復興しつつあった。手に職を得た人もたくさんいた。軍をやめてから働く人もたくさん増えた。
そして1年後
アレンと鳴は結婚した。
当時はアメリカ人と日本人が結婚するなどあり得ないことだった。
しかし、アレンの家族は反対しなかった。
鳴の家族は空襲で両親が、特攻隊として兄も亡くなってしまっており天涯孤独となっていた。
アレンと鳴は日本で暮らした。鳴は日本で暮らしたいとアレンに言い快く承諾してくれた。2人とも仕事を日本でしてアレンは日本の駐屯兵として働いていて鳴は看護師として勤務していた。
今となっては不思議だった。
あれだけ命を奪い合った両国が仲良くなっている。アメリカ兵士に手を振るこどもたち、世間話をするアメリカ人と日本人。
鳴とアレンの間には三人の子供が生まれた。
長女 沙良 さら
長男 玲央 れお
次女 望愛 のあ
この時代にしては珍しい名前だった。それもそのはず、二人はアメリカと日本どちらでも通じる名前を三人につけた。
そして、終戦から19年後
東京ではオリンピックが開催された。
新幹線が開通。
たった19年で日本は高度経済成長をした。
アレンと鳴は日本の生命力に圧倒した。アレンは軍をやめて在日アメリカ大使館勤務となった。鳴は変わらずに病院で看護師としてけが人や病人の手当てをしている。
長女の沙良は18歳となり高校を卒業。
長男の玲央は16歳となり野球に取り組み、
次女の望愛は13歳となり中学校に入学。
これからの時代の懸け橋となる世代が誕生した。
アナタヲ永遠二思ヒマス。 マリ @Hannah-Marie
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