猛将は、常にすぐそばにいるものである。


 遥か昔昔のこと。


 私ことパパ上の、ちょうど学ランからブレザーに切り替わった時期だったと思う。

 学ラン時代はまだ女子ともきゃっきゃうふふしてた時代もあったが、ブレザー時代はほぼ男子校な工業系のよろしくないところに通っていたものだから、まあそんなきゃっきゃうふふはなかったもんだ。だけども、男同士で馬鹿やってたのも楽しい年ごろではあるのだから、それはそれで楽しい毎日をすご――いや、過ごしてないな。面倒な毎日だったなぁと思う。


 なんだかんだでヤンチャな同級生が多かったから。

 教室内でもいくつかの派閥のようなものもあって、イキってるやつらと絡むことは滅多にない穏健派のほうでのんびりしていた私である。イキってる派閥の中にもそれなりに仲はいい相手もいたので何かされるということもなかった。

 強いて言うなら幸せそうな顔(とはなにかよくわからないが)をしているという理由で、ぶん殴られたくらいかな。


 ブレザーの胸裏ポケットには常に長身プラスドライバーが入っている毎日。寝ようとしたらさくっとドライバーの先が鼻に突き刺さって眠気が覚める毎日。


 そんな毎日を過ごしていたら、少なからず心も荒れるってもんである。



 ある日、学校が休みの日だったと思う。

 我が家の大婆様が、私に漬物石を持ってくれないかと、言ってきたことがあった。

 一軒建つ敷地面積の屋根付き駐車場の端でつけられた大根の漬物、たくあんの重しを持ち上げてくれというミッションだ。


 私は、こう見えて、おばあちゃん子である。

 だからこそ、いやいやながらも、大婆様のオーダーにはしっかりと答えるのは当たり前であった。

 だがしかし、流石の私も、当時は青春真っ盛り(?)な女性を見るだけでハァハァするような年頃である。

 女子高生の制服を見ただけでそりゃもう――( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン



 こほんっ。

 とにかく、そんな思春期でありつつ、ちょっとヤンチャな学校に通っていたのだからこそ、そりゃもう、トサカが尖っているような時期である。



 大婆様のミッションを完遂しつつも、出てくる言葉は悪態ばかり。

 だけども次々とでてくるオーダーはしっかりと終わらせつつ、全てをやり切った後は、寒い雪国なのだから、雪で冷やされた冷水(若干凍ってつらら気味)で、ぶるぶると震えるぬかで汚れた手を洗って、さあ温かい家に戻ろうとした矢先である。




 大婆様が、私の態度に、ブチキレたのは。



「あんた、さっきから何いうとんがんけいってんの

「さっきからって、どの漬物石持てばいいのかって聞いてたんだよ」

「塩だって持ってこないし。荒塩くらい持ってこられんかきなさいよ

「いや、塩はすぐそこにたんまり置いてあるでしょ。いつもその塩使って漬けてるの忘れたのか」

「漬物石も持たないし」

「全部持って出して、婆ちゃんが塩漬けした後は石を戻してんでしょうが」

「あんた若いんだから寒さに負けずにそれくらいしられんかしなさいっ!」

「寒いのは否定せんけど、全部やってんだろうがぁぁ!」




 おわかりだろうか。

 いや、あえて言い直そう。

 おかわりだろうか。




 大婆様は、歳である。

 つまりは、かなり耳も悪い。

 補聴器を付ければある程度聞こえるそうだが、補聴器を嫌う大婆様は、大体つけておらず、このように毎日がずれた会話をするのだ。


 これが、互いの不幸の始まりであった。




 あまりにも話が通じない私は、大婆様に怒りをぶつけるわけにもいかず、近場の何かしらで発散する必要があった。


 犠牲となったのは、納屋につけられていた、排水管である。

 ばこんっと殴ると、ひしゃげる排水管。一部が吹き飛び、大きな穴を見せる排水管は、雪国の屋根の上からの解けた雪水を流す役目をもっているのだが、溶ける雪も少ないので、ちょろちょろと水が内部を流れていく様を見せびらかす。


 今にして思えば、どれだけの力をもって殴ったのかと思う。さすが、プラスドライバーを胸元のポケットに隠し持つ工業系男子だ。



 さあ、そんな怒りを目のあたりにした大婆様。

 普段怒らない温厚な大婆様が怒り狂うとどうなるのか。




 そう、大婆様は、

 戦争経験者、であるのだ。







「  あ  ん  た な  ん  か  !!



  こ  れ  い  っ  ぱ  つ  で !!



  お  わ  り  


    な  ん  


      だ  か  ら  ね  っ !! 」






 そう叫ぶように怒りながら、自身の頭の上で平行にくるくると回るは、鉄の棒。

 なかなかの重さの鉄の棒を、大婆様は老人の体で器用に回す。


 そして回した後は、半身の中腰に。深く沈み込むかのような体勢だ。

 びしっと、まるで少林寺拳法の棒術の師範代かのような、まるでアニメや漫画で戦いの前の構えかのような。

 そのような動きをしっかりと見せて私に鉄の棒を向ける。




 尖端に乗るのは殺気。

 お前は殺す。必ず殺すと書いて必殺である。



 その姿、


  まさに、猛将。

    まさに、歴戦の猛者。



 あれこそが、戦を経験し、槍を持って戦闘機を倒そうとした、兵士そのものではないか。



「だぁからぁ! 婆ちゃんがしっかり聞き取れてないだけだろうが!」

「あんたさっきから何いうとんがんけいってんのっ! ようわからんわっ!」

「いやこれが聞こえてない時点でどう考えても婆ちゃんが悪いだろう!」

「知らんわ! 聞こえんけど、それでももう少ししっかりと喋られんかしゃべりなさい!」

「だからしっかりとしゃべってんだろうがぁぁぁ!」



 という、ご近所様に「何があった?」と驚かれて家の様子を伺いに来られるほどの大声の喧嘩となった私達。


 大婆様の堂に入った槍の構えに戦々恐々とするご近所さん。

 それに立ち向かう(?)巷ではプラスドライバーのマロと噂される若い学生。


 漬物石をどかしたかどうか、手伝ったかどうかで言い争いする祖母と孫。



 何事かと聞きつけた父親が見た風景は、それである。

 その後は、「大婆様の血管がそこの排水管みたいにキレたらどうするんだ!」と私が怒られ終結。

 排水管は一部壊れると全とっかえなものであったので、私のお小遣いから差っ引かれて修理に出される。

 私は、何か悪いことをしたのだろうかと、理解できないまま、大婆様に槍に見立てた鉄の棒を突きつけられるという、稀有な経験をしたという事実が残り、



 巷で猛将の姿を見せた大婆様は、しばらくは猛将と言う名でその名を我が家の内部で轟かせたのであった。













「――っていうことがあってな。あれほどまでに歴戦の勇士ともいえる大婆様をみたことはなかった。後にも先にもな。あの大婆様の雄姿を、忘れることができない」

「後にも先にもって言葉を使ったら、今いないみたいに聞こえるからやめな」


 我が妻ボナンザが、ひょいっと出てきて不吉なことを言う。

 いや、不吉なことを言ったのは私か。なるほど、すいません。


「いやまあ……私も昔は、ささくれてたことあったなぁ、と思ってな」

「……どうやってそういう繋がりになったの!? どこにささくれの話あった!? むしろそれ今話すような内容!? どこに要素があった!?」




 ふふん。

 セバスよ。まだまだ若いな。


 いいか、ささくれっていうのはな。


 心がすさんだ状態のことも、ささくれって言うんだぞ。



「諦めなさい。あのドヤ顔は、もうすべてをやり切った後の顔よ」

「うわぁ……説明もないし、めんどくせぇ」





 まだまだ日本語の奥深さが分からない息子。

 そんな息子を、今日もおちょくりながら私は思う。





 今日も、



 我が家は。



 平和である、と。














 いまだ、「あんたなんかこれ一発で終わりだかんねっ!」は、我が家の兄姉と私の中で、鉄板です。

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【KAC20244】パパ上様日記 ~我が家の愛しき猛将様~ ともはっと @tomohut

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