僕はまだ、
姫川が自分の席へ着いてすぐ、
「おはよう、深山くん」
と、青山くんがやってきた。
おはようと返して僕の顔には少し笑みが浮かぶ。
改めて思う。当たり前に挨拶ができる人がいるって、嬉しいなと。
「でも驚いたな~」
青山くんは立ったまま机に置いた鞄から教科書を取り出しつつ、ちらっと僕を見て、視線を動かすとまた僕へ戻した。
動かした先は姫川の席だったからハッとする。
「……え? あっ? 話、聞いて……?」
「あ、ううん。聞こえなかったよ。そうじゃなくて、ヒメと仲良かったんだなぁって」
「え。全然、そんなことないよ」
良かった。あらぬ誤解をされたら困るからな。
姫川と仲がいい云々じゃない。なんか、ほら、最後。僕は変なことを言われたから。
「俺、ヒメと喋ったことないよー」
姫川は学校と家とで大幅に接し方を変えてくることはない。
用がない限り不必要に絡んでこないだけで。
そしてそんな用など僕らの間にはない。
僕としてはあまり関わりたくないからありがたく思ってる。だって相手は『ヒメ』だ。
「ヒメがもし話しかけてきたら、俺返事できないかも。想像だけで緊張しちゃうもん」
こんな風に言われてる人間なんだぞ、姫川は。
……だけど青山くんって、僕が思っていた以上に僕と近い性格なのかもしれない。
僕だって本来なら姫川と喋ることなどできやしない。外で少し交流があるとはいえ、それでもちっとも慣れていないし。
まぁ、僕の場合は姫川に限らずだけど。
「あ、情けない奴って思ったでしょ?」
少し意地悪な笑顔を向けられたから「全然」と答えて同じような笑顔を返しておく。「思ってるじゃん」と笑うから僕もひっそり笑った。
一年の僕よ、オマエは二年になると前の席の人と談笑できる男になるぞ。
脳内で過去の自分へエールを送っていると、椅子に腰をおろした青山くんが「あ」と呟いた。
「え?」
「……や、なんでもない」
「ど、どうしたの」
「いや、ちょっと……」
もごもごと何か言いづらそうにする青山くんに体を少し乗り出す。すると、「ンンッ」と喉を鳴らして青山くんは言うのだ。
「椅子があったかい、な、と」
キモい。
なんということだ。青山くんが、いつぞやも見せたはにかみを浮かべている。
いや、分からなくはないけど。
ちょっとは分かるけど。
でも、分かるからこそ思う。キモいんだ、その思考は!
「……青山くん、今何で座りなおしたの?」
「えっ? いやいや、特に理由はないよ」
うそつけ。姫川と同じポーズとってるのはアレだろう、温もりを逃すまいとしているんだろう。感覚の全てを椅子に触れている皮膚に集中させているんだろう!
青山ぁぁぁ……、お前ぇぇぇ……。
「ヒメってやっぱり、可愛いよね」
青山ああああああ貴様、桃谷はどうした!
「あ、好きとかじゃないからね? 誤解しないでね? 俺、好きな人いるし……」
そう言って青山くんの目線が動く。
追わなくても分かるけどつられるように見れば、そこにはやっぱり桃谷がいて。
青山くんの顔から数秒前の妙なニヤつきは消えていた。
「ヒメのこと好きになるとか、ちょっと俺には身分が違い過ぎるもん。高嶺の花ってよく言われてるけど、まさにそんな感じだよね」
「……す、好きになるくらいなら自由なのでは」
「んー、でもヒメって、みんなのヒメって感じじゃない?」
なんだ、それは。
姫川がみんなのヒメ?
「アイドルっていうかさ」
それは違う。姫川はみんなのものなんかじゃない。姫川は――
「……深山くん?」
「あっ、ごめん。一瞬寝てた、かも」
「え、うそ。喋ってたのに? あはは、面白いね、青山くん」
「あ、アハハ、そ、そう……?」
僕はいま、姫川は誰のものだと思った?
――ありえない。姫川は、姫川のものだ。それ以外ないだろ。バカか、僕は。
これはきっとバグだ。一瞬過ったこの思いは青山くんに「仲良し」だとか言われたからだ。
あとは、そう。青山くんから恋してるオーラを感じ取っていたから、だから感化されたんだ。多感な年頃だからな、僕は。
……だって、僕がアイツに何らかの感情を抱くなんて。ないよ。
そういうのはさ、もっと、きっと、何かおっきな出来事とかあってさ。そうして始まるんだろ?
そんなさ、唯一僕に絡んでくる女子だからって。そんな単純な男じゃないんだよ、僕は。
「あれ。深山くん、なんかメラメラしてるね」
「うん。僕は複雑な男だから」
「ふうん????」
そうだ。そんな簡単に僕の大切な『初恋』を消費するものか。一度だけなんだぞ、初恋って。
他人を心に住まわせるという、とんでもない心理状況になるんだ。もっと壮大でかつロマンチックな出会いがないと始まらない!
一年の僕よ、オマエは二年になったら喋れる女子ができて、クラスには談笑する人もできる。
そしてまだこれは予定ではあるが、更にオマエは恋をするぞ。
そうだなあ、どこかの街角でナンパなヤローから僕が救いだすのだ。ふっ、ありがち? いやいや、王道ってのはやはりイイから王道となるわけであって。
そのためには筋トレが必要だ……。帰ったら検索してみるか。
「まずは握力だろうか……」
「え? 鍛える感じ? 俺、おすすめ動画あるよ」
「ほ、ほんとう?」
「結構ガチめのやつなんだけど~……」
……今はまだ、僕は知らない。ほのかに抱く想いも。それがなんと呼ばれているのかも。
僕はまだ、――気付いていない。
だけどそれは。別のお話。
――――――――
お読みいただきありがとうございました。
こちら、一話完結型の日常を目指して書いてきたんですが、いかがでしたでしょうか。
このあと新作を公開予定です。
主人公は僕こと深山、ヒロインはヒメこと姫川です。二人の最初からを書いていこうと思います。
最後、深山がうにゃうにゃ言ってますが、新作ではうにゃうにゃ言いま……ウゥン。こっちで出てきた場面も絡ませる予定です。お時間あれば読んでやってください。
こちらはこれで完結とさせていただきます。突発的に始めた物語でしたが、楽しんでいただけていれば幸せでございます!
なかむらは楽しんで書けました。皆さまのおかげです。お付き合いありがとうございました!
なかむらみず
陰キャな僕だけが姫と呼ばれる彼女の本当の姿を知っている なかむらみず @shiratamaaams
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