【KAC #4】ささくれ、苦悶、あと金欠!

二八 鯉市(にはち りいち)

ささくれ、苦悶、あと金欠!


 「んぁああああ」

ドラッグストア・トリプルバッファロー。その一角で、女子大生が苦悶の表情を浮かべている。


 彼女の名は五十嵐いがらし アヤメ。

 彼女の隣で、

「いやいや絶対やめた方がいいって!」

と肩を揺さぶっているのが、アヤメの友達、沙月さつきである。


 そしてそんな彼女たちの正面のポスターに印刷されているアンニュイなイケメンが、近頃売り出し中のタレント、桜庭 藍四郎さくらば あいしろうである。


――黄昏時に永遠の命を憂いる吸血鬼のようだ、と誰かが言った。

――廃墟の庭園で悲しみに暮れる皇子のようだ、と誰かが言った。

――めっちゃイケメンで声もイイとかヤバヤバ、と誰かが言った。


 桜庭 藍四郎の見た目は、とにかくアンニュイで退廃的で耽美である。

 正直、いわゆるガチ恋勢が増えてもおかしくないのだが、本人が、

「世界で一番仲がいいのは幼馴染のモモちゃん」

とラジオの生放送で公言してしまい、界隈は騒然――としたのだが、

という訓練されたファンを増やしてしまったことでお馴染みである。


 そんな、令和の吸血鬼王子こと桜庭 藍四郎のパネルの横にある蛍光体のポップに、こんなことが書かれている。


 「キャンペーン期間中、ササクレ治療薬を1つお買い上げの方に、桜庭 藍四郎さんのクリアファイルを1枚プレゼント!」


 「んぁあああ」

アヤメが再び、両手で頭を抱えながらうめき声をあげる。その肩を強く握り、沙月は首を振る。

「ササクレ治療薬は3つも要らないよ! ササクレってどんなにマックス手荒れしてても1か月に指1本ぐらいじゃない!?」

「だ、だってぇ!」

人生の二択を迫られたかのようなアヤメの息は荒い。

「ク、クリアファイル、3種類もあるんだよ!?」

「3種類あるからって3つも買わなくていいじゃん! 気になる一種類買いなよ!」

「選べないからねェ! ハハハッ全部買うしかねぇなァ!?」

「冷静になって! とにかく一度冷静になって!」


 ぶーっ、ぶーっ。アヤメのスマホがポケットの中で振動する。そんなことはまあ特に気にせず、アヤメはガシッ、と「ササクレ治療薬」を3つ手に取った。


 「やっぱり3つ買うしかない、あたいの中に流れる江戸っ子の血がそうさせるんでい!」

「いやアンタ1ミリも江戸の血流れてないじゃん! ねえほら、バイトの給料日まであと何日?」

「……一週間」

「昨日言ってたじゃん、もう絶対何にも課金しないって」

「昨日言ってたことなんてもう忘れちまったよ、あたい江戸っ子だからねェ」

「ひとまず江戸っ子に謝って。謝ったあとでそのササクレ治療薬2個は棚に戻して」

「いいじゃん……あたしのお金なんだし」

「3個のチューブを期限内に使い切れるほど

「うわぁあん」

アヤメは再び頭を抱えた。

「なんでよぉ、なんでせめてコンビニお菓子じゃなかったの……なに、ササクレ治療薬のキャンペーンPRって。事務所はなんで藍四郎くんにその仕事フッたのよぅファンの間でのあだ名『吸血鬼王子』なのになんでササクレ治療薬なのよぅ」

「まあ正直それは真理」

ぶーっ、ぶーっ。再びスマホが振動する。

「なんでィなんでィさっきから……こちとら立て込んでるんでい」

アヤメは疲れ切った顔でスマホを手に取った。ぽちぽちと通知を確認する。

「ん……アレ? 藍四郎くん推し仲間からだ」

「何? イベント決まったとか?」

「ううん、えっと、キャンペーンの公式ホームページを……すぐ確認して……? ちょ、ちょっとごめんね沙月。ホント付き合わせてごめん」

「いいよ」

疲れ切っていたアヤメの目に、なにがしかの光が灯り、その指がせわしなく動く。


 それを見ている沙月は、『いやあ推しがいるって大変だ』と思いながら目を細める。とはいえ、正直アヤメがこうやって推し活にジタバタドッタバッタしているのを見ているの、別に嫌いじゃないんだわぁ――とは絶対に言わない沙月である。


 「え、えぇっ!?」

アヤメが声をあげた。

「どした?」

「藍四郎くん効果でキャンペーン対象商品が売り切れ続出」

「マジで?」

「それでキャンペーン継続の為――対象商品の種類を拡大!」

「えっ、てことは」

ぽん、と沙月は手を叩いた。

「必ずしもササクレ治療薬だけを買わなくてもいい、ってこと?」

「そうだね!」

アヤメはコクコクと頷き、またせわしなくスマホの画面をスクロールした。

「次の対象商品は――」

「せめて普段使いできるのがいいよね。ほら、バンソウコウとか、歯磨き粉とか」

「えっと――」


 アヤメの指が止まった。


 「深爪……治療薬」

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