たまごの女

中尾よる

たまごの女

 彼女と会ったのは二年前だ。ある朝、目玉焼きでも焼こうと卵を割ったら、その中から現れた。長い黒髪、成熟した身体。背は僕よりも、少しだけ高かった。

「どうしてたまごから出て来たの」

「たまごが好きだからよ」

「たまごの中で、何してたの」

「たまごになってたのよ」

「……ふうん」

 彼女はそれ以来、僕の家に住み着いた。たまごになりかけていたところを僕に邪魔された彼女は、見返りよ、と言って朝昼晩僕の冷蔵庫のたまごを食べた。おかげで僕は、三日に一回はたまごを買いに行かなければならなかった。

「なんで、たまごが好きなの」

「美味しいからよ」

 彼女はいつも、とても美味しそうにたまごを食べた。それは時にゆで卵で、目玉焼きで、オムレツで、卵焼きだった。口紅を引いたような紅くて分厚い唇で、たまごに触れ、その舌で絡め取る。飲み込んだ後、その白い喉仏が動くのを、僕はいつも見つめていた。

「君は、たまごしか好きじゃないの」

「たまごしか、好きじゃないわ」

「……ふうん」

 彼女は朝も、昼も、夜も、たまごを一つ食べるだけだったけれど、全く痩せてはいなかった。その胸はいつも、下着からこぼれ落ちそうだったし、きゅっとしまったお尻は、今にもジーンズをはち切りそうだった。そのくせ腰はくびれ、手首も足首も驚くほど細い。黒い髪は、油でも塗ったのかと思うほど艶やかで、綺麗だった。

「たまご、飽きない?」

「飽きないわ」

 僕は、彼女がたまごを食べるのを見るのが好きだった。たまごを食べている時の彼女は、本当に美しかったし、なんだか艶かしかったからだ。

 ある日、スクランブルエッグを食べていた彼女の舌が、スプーンからたまごを受け取りきれず、唇から溢したことがあった。僕は思わず、彼女の口に唇を寄せた。半熟のたまごを、彼女の口元から吸い取る。それはとても、甘い味がした。

「なにするの」

「なにって、キス?」

「だめよ、あなたはたまごじゃないもの」

 そうか、彼女の唇に触れるのは、たまごじゃなければいけないのか。

 それから僕は、彼女と同じくたまごだけを食べるようになった。僕は一日三個じゃ足りないので、毎日スーパーまでたまごを買いに行く必要があった。

 ある朝、僕は身体が少しおかしいことに気がついた。なんだか濡れていて、溶けそうに柔らかい。気づくと、隣に彼女が横たわり、僕を見ている。

「ねえ、キスしてもいい?」

「いいわ」

 彼女の唇が、僕に近づいてくる。僕は悟った。ああ、僕、とうとうたまごになれたんだ。彼女の愛するたまごに。

 そして、僕は彼女の中に入っていった。

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たまごの女 中尾よる @katorange

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