ささくれた家族

つばきとよたろう

第1話

 ぼくが朝の食卓に着いていると、背後でドタドタと足音が階段を下りて半分ほどで止まった。

「ああ、お兄ちゃんがいる。お母さん、朝食二階まで持ってきて」

 二つ歳下の妹は叫んで、また階段を荒々しく上っていった。ぼくは背中を蹴られた気がして息が詰まった。妹がぼくと顔を合わせないように、一階に下りてこなくなったのはあの日からだ。母さんは妹のことなど無視して、キッチンにいる。家の前を自転車が通るとき、厄除けのつもりでチリンチリンとベルを鳴らしていった。そうしないと、怖くて前も通れないのだ。近くで交通事故があった。犯人は捕まっていない。ぼくは朝食を諦めた。お腹が空いているわけではないが、いつもの習慣で食卓の席に座ってしまう。学校に行きたくなかった。気分は重い。妹の所為で、みんなから無視されている。ぼく一人の力では何もできない。

「なあ、知っている? あの家、霊が出るらしいよ」

「嫌だ、本当?」

「あんな事があったからね」

「やっぱりそうなんだ」

 ぼくは自分の家のことが噂されているのを黙って聞いていた。ぼくの席だけが、ぽつんと空いているような寂しい空気が漂っていた。学校にいても詰まらない。でも家にはいたくない。何かが起こりそうで足が竦む。妹は部屋に籠っている。学校には出てこない。酷いいじめを受けていた。クラス中が妹を除け者にしていた。誰かが冗談で、机の上に花瓶を置いた。ぼくはどうすることもできずに花瓶を見詰めていた。授業など聞く気になれなかった。先生の言葉も耳には入らなかった。ただ時々起こる教室のひそひそ話が耳に付いた。父さんはいつも酷く怒っていた。妹のことが話題に上ると急に不機嫌になった。ぼくは何かに縛られているように学校に行ってこの家に帰る。修学旅行のバスが大事故に遭った。夕方ぼくの家の前を学校帰りの女の子たちが通る。

「ここってさ。一家心中があったところでしょ」

 ぼくの家の前を居眠り運転の車が走り抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ささくれた家族 つばきとよたろう @tubaki10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ