パンダのささくれ

馬村 ありん

🐼🐼🐼🐼

 飼育員の安藤はパンダのパンパンが何日も食事を採らないことに気がささくれていた。


 リンゴやバナナにも見向きもしない。栄養価を考えた食事を用意しているというのに、このままでは体調不良になってしまう。


「パンパンほらご飯だよ、お食べ」

 今日も飯をてんこ盛りのバケツを持っていくのだが、パンパンはずんぐりした体をタイヤの遊具に預けたまま微動だにしない。


「美味しいぞ。パンパンが食べないなら俺が食べちゃおうかなあ」

 リンゴのかけらをつまみ、自らの口元に運んでみせるが、微動だにしない。

「食べろって」

 強引に口元に持っていくが、顔をプイと背けられる。


「くそ、一体何が原因なんだ?」

 悪態をつくが、黒毛に埋もれたつぶらな瞳は黙して語らない。

「こらこら、ピンピン、これはお前のご飯じゃない。プンプンも自分の分食べたろう」

 こうしている間にも同じ檻のほかのパンダがおかわりを求めて安藤の足に絡みついてくる。安藤は追い払った。


「パンパンですが、弱っているようですね。これは深刻な事態です」

 動物医の皇はその繊細な指先でメガネをクイっと上げながら言った。

「やはりですか」

「ええ、少し栄養が偏っているのではないでしょうか」


「かくかくしかじかで」

「ふむ」皇はヘアオイルの染み込んだカラス色の前髪をかきあげた。

「原因としてストレスが考えられます」


「ストレス?」

「ズバリ、餌に飽きたんですよ」

 皇は白衣に包まれた素肌の胸元をそびやかしていった。

「人間だって毎日吉野家じゃ飽きますよね。たまにはすき家、あるいは松屋に行きたくなるでしょう。何かを変えてみては」



「パンパン、今日は新しいメニューを用意したぞ。なんとリンゴやバナナの天ぷらだ。俺のお手製だぞ」

「見事なものですね」皇は言った。

 安藤は元板さんの腕前を披露するが、パンパンはものの見事に釣れず。


 ゴムマリのように丸いお尻でころんと地面に横たわると、パンパンはパンダの脳で思考する。

「笹くれ」



おしまい

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