人類の再発見

きみどり

人類の再発見

 おにぎり時代の幕開けであった。


 料理は機械がするもの、という常識を覆した至高の食べ物。それがおにぎりである。


 ただのおにぎりではない。人間が素手で握ったおにぎりだ。機械が握ったおにぎりではこうはいかない。

 どうも、人間の手からはなんらかのうま味成分が出ているらしい。


 人類は悔いた。なぜ先人たちは自らの手で料理することをやめてしまったのかと。おかげで、今の人類が作れる料理は、炊いた米と素手さえあれば作れるおにぎりのみだ。

 逆に、それだけ簡単な料理だったからこそ、その美味しさの発見に至ったとも言える。



 かくして、おにぎりビジネスが世に溢れることとなる。



「いらっしゃいませー!」


 席についた客は、目をキラキラ輝かせてメニュー表を覗き込む。並んでいるのは握り手の写真、名前、本人のコメント、客からの感想、おにぎりの形状などである。

 気になる握り手を指名すれば、その握り手が席に来ておにぎりを作ってくれる。

 特にいなければ、様々な握り手が入れ替わり立ち替わり席に来ておにぎりを振る舞ってくれるコースを選ぶのも良い。

 推しを見つけると、断然来店するのが楽しくなる。


 だが、いくら美味しくても、お気に入りの握り手の指に直にしゃぶりつく等のガッツキ行為は違反だ。厳重に処罰される。




 今のトレンドは「ささくれ」と呼ばれるおにぎりだ。

 ささくれといえば、爪周辺の皮膚がツンとわずかにめくれてしまうアレである。

 ささくれのある手でおにぎりを作ることにより、手の持つ出汁がおにぎりに移り、一層美味なおにぎりが出来上がるのだ。


 あえて自らの手を傷つける行為はもちろん禁止されている。

 また、味を良くするのは素手、すなわち皮膚のもつなんらかのうま味成分であって、血液ではない。血液の混入はむしろ味を落とすとされる。



 しかし、自らの手で料理することを忘れ、衛生的な環境で機械により製造された食事ばかりをとっていた人類は失念していた。

 人間の手のひらには黄色おうしょくブドウ球菌が存在する。傷口があるなら尚更である。

 この菌は食べ物の上でも増殖し、エンテロトキシンという毒素を生み出す。そして、これを食べた人間は嘔吐や下痢などの症状に見舞われることとなる。


 食中毒時代の幕開けであった。

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