パンダマン

etc

第1話

 保育園の先生、育は七夕の短冊を整理していた。

 子どもたちの願いが込められた短冊は、どれも色とりどりに輝いている。

 願いは様々で、「おかしがいっぱいほしい」「大きくなったらお医者さんになりたい」「かわいいわんちゃんがほしい」など、子どもたちの純粋な気持ちが込められており、社会人2年目にして保育園業務に疲弊した心を癒やしてくれる。


 そこへ警報が鳴った。

 スマホがブルブルと震え、次に公民館の方角からアナウンスが聞こえてくる。


『怪人が出ました。すみやかに避難してください』


 育は大急ぎで子どもたちを園内に連れ戻す。

 園庭に取り残された子どもがもう居ないか確かめるために外へ出た。


 遠くに高層ビルが見えるが、周囲は閑静な住宅街という程よい都市圏にある保育園だ。

 そうそう怪人に狙われるわけもないだろう。


「あ」


 はっきり言えば、育は慢心していた。


「ギキューイ」


 耳障りな高音とノイズ混じりの機械音を発する人型が園庭に佇んでいた。

 目も鼻も耳もなく、粒度の粗いアスファルトみたいな黒っぽい肌をしているのが気持ち悪い。

 極めつけは頭部から下腹部に掛けての半透明な発光器官である。


「ギキピ。キュイイイン」


 使い捨てカメラのフラッシュを焚いたような声が鳴り、眩しさに目が眩む。

 途端、視界が真っ白になったまま、動けなくなった。まさか。

 いや、そのまさかだ。これが彼らの捕食であるというのを小学生の時に習った。


 地震・雷・火事・怪人。

 かつて地球外の侵略者だった怪人は、今や四大災害の一つとして数えられる。

 短距離をワープし、人間を硬直させる光を浴びせ、脳みそだけを吸うのだという。


 育は自身の死を悟った。

 しかし、いつまで経っても死ぬことはなかった。

 体の硬直が解け、真っ白になった視界が元に戻ると、目の前に白黒のタイツを着た男の背中があった。


「キャー! 変質者!?」


 白黒タイツはくるりと振り向いた。

 タイツと同じく白黒の仮面を被っており、どこか熊めいた意匠を感じる。


「パンダマンだ」


 大の大人の野太い声でそう答えられた。

 パンダというのは愛くるしいマスコット的な動物園のアイドルのアレである。

 少なくとも白黒タイツの男ではない。


「何だ、パンダマンって」


「地球防衛局の超人ヒーローだ。安心したまえ!」


 ビシッと上げた手には鉤爪がキラリと光る小手がある。

 非現実な存在が連続して出てきた。

 育の頭は理解するのを放棄し、ただ一部始終を眺めるのに精一杯だ。


 つまり、自分が勤める保育園に怪人が現れ、硬直させられた間に、超人ヒーローが助けにやってきた、ということである。


 火事に対する消防団員、怪人に対する超人ヒーローだ。

 育は初めて超人ヒーローを見たので、その特異な風体に驚いてしまったが、とにかく彼は正義の味方ということになる。

 しかし、怪人は再び体表を発光させる。


「ギピ! キュイイイイン」


「危ない!」


 白黒男はくるりと翻り、どこからともなくマントを取り出して、育を硬直光線から守った。

 だが、そんなことをしたら固まるのは彼の方だ。

 育は心配して「あの、大じょ」まで声を掛けた所で、食い気味「大丈夫だ!」とビシッと鉤爪付きの手を上げながら振り向いた。


 挙動が不審者極まりない。

 だが、彼はそこから一転、怪人に飛びかかり、


「モノクロキィッーク!」


 蹴り倒した。

 発光部がパンッと割れるや否や、怪人の体が霧散する。


「……鉤爪、使わないのかよ!」


 育は元来の真面目さ故に疑問を突っ込んでしまう。

 パンダマンの武器はキックだった。

 意味不明だ。


 そして意味不明は更に続く。

 パンダマンを名乗った白黒男の体がみるみる縮むではないか。


「くっ……、超人エネルギーが切れたか」


 こんな身なりでも育を守った恩人である。

 心配が先に立つ。


「大丈夫!?」


「無論だ。なぜなら」


 縮んだ先で、白黒男は愛くるしいぬいぐるみの姿になった。

 そして、照れたように短い手で大きな丸い頭をかく。


「このように可愛らしくなるだけだからな」


「なんでだよ! ていうか、本当にかわいいし……」


 育は悔しがった。

 破天荒な存在に翻弄され、ただ見ているだけしか出来ない自分に腹立たしかったのだ。

 そこでやっと育は園庭に子どもが残っていないか確かめるために外へ出たことを思い出す。


「パンダマ」


「何だ!」


 返事が食い気味すぎて呼ぶ前に返事がくる。


「助けてくれてありがとう。庭園に子どもが残っていないか確かめるから」


「警護すれば良いのだな! 心得た」


 飲み込みの早い奴だ。

 怪人が霧散したのを見たけど、まだ警戒心が解けるわけじゃない。


「うん、お願い」


 このパンダマンに少しの間だけ見張りをお願いする。


「ところで君の名は」


「育(いく)」


「分かった、育。しばらく君は私が守る」


 男の人の声でこうも堂々と言われると、さすがの育もドキリとする。

 そんな想いを振り払うように園内をぐるりと一周して、だれも外には居ないことを確認した。


「良かった。誰も居ないみたい」


 戻ってくると子どもたちが園庭へ出ていた。

 他の先生が様子を見に出てきた拍子に付いてきたのだろう。

 しかし、何やら盛り上がっている様子。


「育! 助けてくれ!」


 パンダマン(ぬいぐるみのすがた)が子どもたちに取り合いされていた。

 そりゃあそうだろう。喋るぬいぐるみなんて興味津々になるのも仕方ない。

 だが、子どもたちがこんなに好かれるのも、彼に悪意がみじんも感じられない証拠でもある。


「ほらほらみんなー、パンダマンが放してって言ってるよ」


 他の先生と協力して子どもたちを園内に戻す。

 町内放送ではまだ安全になったことが案内されていない。

 保育園としては行政の指示に従う他ないのである。


「むっ!? 伏せろ、育!」


 パンダマンの号令が飛び、水飲み場に手を付きながらかがむ。

 瞬間、バチュンとタイヤがパンクしたみたいな音がした。

 その方を見上げると、空中に黒い人影が浮いている。


「嘘……」


 怪人が空中で静止する様は下手くそな合成写真のようだ。

 それがバチュンと消える。


「育!」


 パンダマンのコットン100%な軽い体で育の体を押し出した。

 育がいた場所に怪人が現れると、水飲み場だったコンクリートがゴッソリと抉れている。

 水道管から水が吹き上がった。


「ひっ、やめてっ」


 怪人がこちらを見ている。目は無いが、発光体がこちら向きだからだ。


「話しかけても無駄だ!」


 ワープによって、元の場所にあったものを削り取ったのだ。

 当たれば硬直する光線と防御不能のワープ攻撃を持つ。

 言葉は通じない。怪人は人類の天敵だ。


「じゃあパンダマン、何とかしてよ!」


「今の私では奴を止められない!」


「なんでよ!」


「育、頼みがある!」


「頼みって何よ!」


 パンダマンは短冊の下がったそれを、丸い手で指した。


「ささくれ!」


「笹って七夕の……?」


 子どもたちの願いが込められた短冊がぶら下がっている竹笹だ。

 ちなみに育も『良い人が見つかりますように』と恋人募集中的な短冊を書いている。


「そうだ。それを食べれば超人エネルギーを回復できる」


「でもこれは子どもたち大切な……」


 しかし、怪人に命を奪われては元も子もない。

 育は覚悟する。

 握りこぶしをぎゅっと鳴らし、園庭と教室の間に括り付けた竹笹を取る。


「ありがとう。これで戦える」


 パンダマンはそのうち一枚の葉をかじった。

 すると、まばゆい光が放たれて、目の前に白黒タイツでムキムキのマッチョが現れる。

 不審者だ。だけど、育にはそれがヒーローに見えていた。


「安心したまえ。私が願いを叶えてやろう」


 短冊を吊るした竹笹を肩に担いで、パンダマンは笑った。

 仮面越しで表情は分からないはずなのに育にはそう思えたのだ。

 パンダマンは怪人に振り返る。


「さあ怪人! 私が白黒ハッキリさせてやる!」


 心強い背中を見送る。

 パンダマンが構えると鉤爪がキラリ。

 そして怪人に飛び蹴り。


「がんばれパンダマン!」


 育の応援に呼応するように彼は怪人を粉砕する。

 砂煙が上がり、しばらくすると、小さな影が揺らめいた。

 超人エネルギーを使い果たし、ふたたびぬいぐるみサイズに縮んだ彼がいた。


 町内放送で怪人が退治されたことがアナウンスされる。

 こうして街に平和が戻り、保育園にはおかしくて、かわいくて、格好いいヒーローがやってきたのだった。

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