ささくれは親不孝のしるしなんて迷信だ

「痛っ……!」


 台所で皿を洗っていた俺は、不意にきた嫌な痛みに顔を歪ませながら、痛みの出どころの人差し指を見やる。

 そこにはしっかりと、ささくれができていた。


「薬あったかなぁ……」


 一度、台所から離れて、薬やら絆創膏やらを雑多に入れているケースを探った。

 何やら、今使わないようなものはいろいろみつかったけれど、ささくれに使えそうなものはみつからない。

 探している時に限ってみつからない、違うものを探している時に、ひょいとみつかる……なんてことがよくあるんだよな。


「あー、薬ないや。明日買ってこよう」


 探すことを諦めた俺は、仕方なく絆創膏だけでも貼っておこうとしたが、見えていた絆創膏の箱は空箱だったらしく中には一枚も入っていなかった。

 あとで、ケースの中の薬類やらを確認して、常備薬や絆創膏くらいは買わなきゃな……。

 ケースをもとの場所に戻してから、俺は台所に向かった。

 台所に戻ってきた俺はシンクをみつめる。

 シンクの中にはまだ洗いかけの食器が重なって置いてある。

 このまま放置するわけにもいかないし、しみるかもしれないけど、とりあえず洗ってみるか。

 俺は意を決して、食器に手を伸ばし洗いものを再開しようとした。

 けれど、やはりささくれが痛くて、すぐやめた。

 こんな小さいケガだっていうのに、このささくれの痛さは異常だよな。

 俺は洗いものを諦めて、部屋に戻った。


 ささくれ、よく効く薬、早く治る方法、などスマホで検索していると、一つの言葉が目にとまる。


 ささくれは親不孝のしるし、という言葉。

 ささくれになると親不孝になる、ささくれや逆剥けのことを親不孝というらしい。

 もちろん迷信だろうが、あんまり気分の良いものじゃないな……。


 俺は、親不孝者だろうか……。


 人差し指にできたささくれをみつめながら、俺は昔を思い出していた。


「親の死に目に会えないのは最大の親不孝」


 昔、そんな言葉を聞いたことがある。

 だから、どんなに忙しくても、親の死に目には必ず駆けつけて、看取ろうとずっと思っていた。

 親の死など考えたくもなかったが、もし、いつか、そういう状況におかれた、その時は……きちんと親のそばにいてやろうと思っていた。


 思っていたのに……。


 眉を寄せ、目を瞑る俺の目頭は熱を持っていた。

 

 間に合わなかったんだ。

 すごく急いで、慌てて、駆け込んだけれど……。

 間に合わなかった……。


 熱くなった俺の両目の目頭から雫が伝っていく。

 俺は乱暴にそれを拭う。

 その弾みでなのか、不意に指が当たり、一つのサイトを開いてしまった。

 気づいた俺が慌てて、サイトを閉じようと画面を見た時、俺はハッと息を呑んだ。



「親の死に目に会えないのは最大の親不孝」とは「親よりも先に死ぬこと」をいう。


「親の死に目に会えない」というのは、自身が親より先に死んでしまうことを言い、本来の順番では年齢が上の親の後に子供が死ぬのが当然だ。

 それなのに、順番を違え、親を一番悲しませる子供の死を見せてしまうこと、それこそが最大の親不孝だと言われるのだ。

 親の最期を看取れないことを最大の親不孝というのは誤りである。

 親よりも少しでも長く生きることができているならば、そして幸せに暮らしているならば、それは、最大の親孝行だと言えよう。



 サイトにはそう書かれていた。

 俺が今、苦しみ悲しんで後悔していることに、答えをくれた気がした。

 偶然、指が触れたサイトで、たまたま俺が考えていた後悔に触れた言葉。

 偶然だとわかっているけれど、俺はこれは母さんが教えてくれたんだと思った。


 その後、冷静になって、ささくれが親不孝と呼ばれる理由を調べてみた。

 どうやら、ささくれができて親の手伝いができないから……という説や、ささくれは体調管理ができていないせいでできるから親に心配をかける……という説があるらしい。

 まぁ、ささくれは尋常じゃなく痛いから、できないことに越したことはない。

 もう少し体調管理をしっかりして、せめて父さんに心配かけないようにしよう。

 そう思った時、コトンと台所の方から音がした。

 さっき、薬を探したから、ケースから何か落ちたかな?と思い、俺が台所に向かうと、ふんわりと懐かしい香りがした。

 懐かしくて良い香り。


 これは、母さんの香りだ。


 俺が台所に駆け込むと、当然そこには誰もいなかった。

 けれど、母さんの香りと、ケースから落ちたんだろう母さんがよく使っていたハンドクリームがテーブルに残っていた。



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ささくれは親不孝のしるしとは言うけれど うめもも さくら @716sakura87

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