ささくれは親不孝のしるしとは言うけれど

うめもも さくら

ささくれは親不孝のしるし


「痛っ……!」


 息子の発した小さく短い悲鳴に驚き、私はそちらを見る。

 キッチンに立っていた息子は、不意にきた嫌な痛みに顔を歪ませながら、痛みの出どころの人差し指をみつめていた。

 息子に近づき、彼の手元を覗き込むと、そこにはしっかりと、ささくれができていた。


「痛そうね。お薬持ってる?」

「薬あったかなぁ……」

「最近は乾燥してるんだから……普段からハンドクリームとか塗ってケアしないから、こういう痛い思いするのよ?もう少し、自分に気をつかっ……」

「あー、薬ないや。明日買ってこよう」

「薬ないの!?んもう!ちゃんと明日買ってきなさいよ?あんた忘れっぽいからお母さん、心配だわ」


 トコトコと息子はキッチンの方に戻り、じっとシンクをみつめた。

 シンクの中にはまだ洗いかけの食器が重なって置いてある。

 意を決して、食器に手を伸ばし洗いものを再開した息子だったが、やはりささくれが痛くて、すぐに手を引っ込める。

 彼は諦めたように溜め息をついて、洗いかけの食器をそのままにその場を離れていった。


「仕方ない子ねぇ……私の言うことなんて、ろくすっぽ聞きゃしないんだから」


 私は、残された食器を洗ってやりながら、ぼやいた言葉とは裏腹に嬉しそうに笑った。

 あの子は本当に手のかかる、とても優しい素敵な子に育ってる。

 手のかかる、というのは大変だけれど、母としては少し嬉しくもある。

 まだ私がお母さんとして、息子にやってあげられることがある。

 なんでも自分だけで、できてしまうようになった成長した息子も嬉しいけれど、私がいろいろお世話をしてあげた頃の幼い息子もかわいい。

 それが思い出されて、懐かしくあたたかい気持ちになる。

 特に私の場合は私があの子にしてあげられたことが、極端に少なかったせいもあるかもしれない。

 私は洗いものを終えて、お出かけ用のバッグから愛用のハンドクリームを取り出し、手に塗り込む。

 こういうケアが大切だ。

 ささくれは親不孝のしるしなんて言葉があるらしいけれど、あの子のことで私やパパが不孝だと感じたことなんて一度もないわ。

 そりゃあ、いつだって親ですもの。

 心配することは尽きないでしょうけれど、迷惑だと思ったことも、大切にされてないなんて思ったことも一度もない。

 そうね……もう少し自身を大切にしてほしいとは思うかしら?

 ささくれができるのは不摂生が原因とも聞いたことがあるし、いろいろ忙しいでしょうけど、もう少し自愛なさい?とは思うかもね。

 でも、優しくてとても素敵な息子に恵まれて、私は果報者だわ。

 あの子の頑張りと、そして家族思いのパパのおかげね。

 本当にいつもありがとうね。

 私はそんなことを思いながら、ハンドクリームをコトンとテーブルに置いた。




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