姫騎士奴隷とささくれ魔王

杜侍音

姫騎士奴隷とささくれ魔王


「──くっ、殺せ!」


 千年にも渡る人間と魔族の長き争いは、魔族側の勝利で幕を閉じようとしていた。

 魔王率いる魔族が王都へ攻め込み、兵士を虐殺。

 ついには希望の象徴であった姫騎士──シャルロット・ハートホープは魔王の手に堕ちてしまう。


「……ふっ、威勢だけはいいな。希望の象徴シャルロット・ハートホープ。この姿を世に知らしめて、人間共の心を打ち砕いてやろう」

「くっ……あまり人間を馬鹿にするなよ……。私が死のうとも遺志は受け継がれる。必ずや、お前たち魔族を滅ぼしてみせる!」

「なに、殺しはしないさ。我は女子供は殺さない主義なのだ」

「それは私を愚弄しているのか! 私も立派な騎士だ!」

「その憐れな姿、騎士には見えないがな」


 身を包むのはくすんだ白の布切れだけ。

 美しい金色の髪は乱れ、雪のような白肌は土や傷で汚れていた。

 牢屋に放り込まれた彼女の両手を石壁に鎖で拘束され、巨大な鉄球が付いた足枷もあって逃げることは叶わない。

「くっ……」とシャルロッテは言い返せなかった。


「それよりもだ。我はお前に興味があるぞ。どうだ? 我の伴侶とならないか?」

「首を縦に振ると思うか……?」

「ふむ、こう見えても我の姿は人間に近いのだがな。お前好みではないか」


 整った顔のパーツ、白金の髪と褐色の肌。ニヤリとほくそ笑む魔王の顔は確かに人間の中ではイケメンという部類に入るだろう。

 ただ頭から生えるは立派な二本の角。

 まさしく魔族の長である人外に他ならない。


「くっ……人間の姿に近く、言葉も話せるというのに何故私達を殺すのだ」

「虫ケラと命が同等と? お前たちも息をするように我の同胞を殺すではないか」


「くっ……!」とシャルロットはすぐに論破される。

 もはや「くっ……!」は口癖のようだ。


「さて、戯言は終わりか? すぐに我に逆らえないようにしてやろう」

「くっ……やめろ……」


 迫る魔王の手。

 姫騎士はジタバタとするが拒絶はできない。

 彼女の柔肌に触れようとしたその時、姫騎士はあることに気付き絶叫した。


「そんなささくれた指で私に触れるなぁぁ!!」

「えっっ」


 予想だにしない言葉に魔王の手は止まる。


「さ、ささくれ? ささくれがどうした」

「私を凌辱する。それは百歩譲ってまぁいいだろう」

「あ、いいんだ」

「私は敗北したからな。それもまた姫騎士が背負う運命……しかし! 私にだってプライドがある! そんなささくれた指で私に触れるな! 痛いだろ!」

「傷だらけで戦ってきたお前が今更何を言ってる!?」

「これとそれとは話が違うだろう。せめて、せめて愛撫くらいは優しく触れてほしい。その後は激しくお願いしたい」


 顔を赤らめてはその先を妄想してニヤける姫騎士に「何を言っているんだ!?」と魔王はツッコんだ。


「だ・か・ら、ささくれをどうにかして欲しいと言っているのだ。魔族のささくれなどヤスリ同然ではないか!」


 シャルロッテの言う通り、魔王のささくれは人間よりもザラザラしている。細かく見ればドラゴンの鱗のようだ。


「まずどうしてそんなにもささくれるのだ。水回りの家事でもしてきたのか」

「魔王の我がそんなことするわけないだろう! 全て従者がやっておる!」

「今の時代、そういうこと言うの良くないから。炎上するわよ」

「誰に炎上させられるというのだ! それが奴等の仕事だろ!」


「はぁ〜ぁ」と首を横に振るシャルロット。


「ちっ、もういい。我のささくれは炎ではなく、水魔法によるものだろう」

「魔王が使うのは雷と闇魔法では?」

「お前の水魔法だ! それを捌いていたからささくれたのだ」

「私の水魔法は聖水濃度15%を誇るからな」

「もっと濃度を高めた方がいいだろ……。とにかくささくれはお前のせいで起きてるのだ。原因となるお前が偉そうなことを言うな!」

「くっ……分かったわよ。じゃあ、ハンドクリーム貸すからそれ使いなさいよ。取り上げた私の荷物の中にあるでしょ。取ってきなさいよ」

「奴隷に堕ちた分際で我に命令するでない……ったく」


 魔王が牢屋から立ち去ろうとするが、すぐに立ち止まり振り返る。


「ハンドクリームとは何だ?」

「ハンドクリームも知らないのぉ!? はんっ、魔族って遅れてるわね。それだから身嗜みがダサいのよ」

「なっ!? くっ……」


 魔王は言い返せなかった。

 なぜならそれにはやや心当たりがあったからだ。

 家事や身の回りの世話は全て従者に任せきり。

 しかし、指一本足りとも自身の体を誰かに触れさせることは禁じていた。魔王の立場上、いつ命を狙われるか分からないからだ。

 毒を盛られても罠を仕掛けられても見破る慧眼は持っているが、至近距離で仕掛けられては必ず防げるわけではない。

 部下であっても懐疑的でいるからこそ長い間地位は守られて……その辺のセンスは磨かれなかった。


「はぁ、素材はいいのにもったいない。もういいわよ、荷物ごと持ってきなさい」


「はい……」と魔王は素直に従う。

 5分後、シャルロットの荷物を自分で持って来た魔王。

 従者にさせようものなら、奴隷に命令されていることがバレる恐れがあるので、誰にも知らせずに行って帰ってきた。


「それよ、そのチューブの」


 シャルロットが顎で指す薄いピンク色のチューブ型のハンドクリーム。

 人間界にはこんなのがあるのかと感心しながら蓋を開けようとすると、力が強すぎて破裂した。


「ちょっとぉ!?」

「す、すまん……って、我がなぜ謝らないといけんのだ! んぐっ!?」

「なに?」


 中から飛び出た白いクリームのほとんどが魔王の手の中だが、一部は牢屋と……シャルロッテの顔面に付着した。


「いや、何でもない……」

「なら、さっさと手に塗って」


 奴隷に言われるがままに手に塗りたくる魔王。

 しかし初めて故に塗り残しが多々あった。


「塗り方雑いわね。ちょっと手錠外して」

「なっ、逃げる気か!?」

「逃げないわよ。片方だけでいいから」


 仕方なく魔法で右手側の拘束だけを解いた。

「ちょっとこっち来て」と、姫騎士に呼ばれ近付くと、いきなり両手で魔王の手を包む。


「何をするか!?」

「ハンドクリームの塗り方を教えてあげてるのよ。ちゃんと見てて。まず本当は手の甲で塗り広げてから親指から小指に向かって、すり込むようになじませるの」


 ヌルヌルと彼女の手が自身の手と交わる様を見ていられず、魔王は目を背けるも、目の前に彼女の横顔が。


「……ん? なに? 爪の周りまだなんだけど。ここは特に乾燥しやすくてささくれ起きるんだからさ」

「も、もういい! 興が冷めた!」

「は? くっ……何よ、凌辱される気満々だったのに」

「何をそんなやる気なんだ!? くっ……今日はもう帰る。お前の口癖が移ったではないか……」


 心臓の音がうるさい。

 魔王は異変を感じてこの場から離れることにした。



 ──そして、魔王は命じる。

『今後、何人たりとも姫騎士には近寄るな』『食事も我が届ける』『我が彼女を屈服させる』と。

 それからは毎日、魔王は彼女の元へと訪れたのであった。



「──ふん、今日も威勢だけはいいな。シャロよ」

「くっ……いい男になってきてんじゃん。異性にモテてきてるんじゃない?」

「我はそんなことに興味はない。……お前以外にはな」

「は? なんて?」

「くっ……! さぁ、嫌だと喚こうとも教えてもらうぞ。今日は髪型のセットの仕方をだ!」


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