箱との戦い

矢口愛留

全部盛り


 男には、三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは、目の前にある箱の中身を処理することだ。


 この箱を発見したのは、空き部屋の内見に訪れていたカップルだった。

 下の階がショッピングモールになっているマンションの一室、床の真ん中に、ぽつんと置かれていたのだ。

 その時すでに、時限を示す数字は、一時間を切っていた。


 通報を受けた男は、防具を身につけ、工具箱を持って現場に急行した。

 男が箱と対面した時には、赤く光るデジタルの数字が『03:00』を示したところだった。


 箱の蓋を開け、パチリパチリとコードを切っていく。

 刻一刻と迫る時限に、男の額から汗が伝っていくが、拭っている暇はない。


 最後に残ったのは、二本のコードだった。


 赤と青。


 正しい方を切れば、時間表示は消える。

 間違えた方を切れば、男の命はない。


 いくら防具を身につけていると言っても、この至近距離で爆発すれば、悪魔の箱は確実に男の命を刈るだろう。

 いや、それどころか、この箱は全てを破壊し尽くすバッファローの群れのように暴れ回り、建物を崩し、多くの被害をもたらすに違いない。


 『00:10』


 男は、爆弾処理のプロだ。場数もそれなりに踏んでいる。

 しかし、いくら考えても、男には正解がわからない。

 最後の二本は、最初からそのように作られている。


 『00:05』


 男は極限状態に達した。

 何度も爆弾と対峙したが、こんな選択を迫られることは初めてだった。

 もう、何もかも終わりだ。


 『00:03』


 家族よ、友よ、今までありがとう。

 神よ、信じちゃいないが、助けてはくれないか。


 『00:02』


 青いコードに当てていた刃が、食い込んでいく。

 スローモーションのように、時間が流れていく。

 これが相対性理論か、なんて考える余裕が生まれたのは不思議だ。


 『00:01』


 パチン。

 音を立てて、青いコードが切れた。



 かくして、男と時限爆弾との勝負は終わりを告げた。

 そして矢口とKACとの戦いも終了したのである。


 おしまい。

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箱との戦い 矢口愛留 @ido_yaguchi

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