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キタハラ

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「ここに箱があるとイメージしてください」


 本屋でなんとなく手に取って、半信半疑で購入した『宇宙と繋がりハッピーライフ瞑想』というクソダサい本は、文字が大きいし下手くそなイラストまみれ余白もやたらあるし、すぐ読めるかな、と思わせた。

 表紙もそういう系の本特有の、ダサさで、そもそも著者の写真はばっちりメイクしていて笑顔のおばさんだったんだけど、やっぱそういう系の本特有の胡散臭さ満載フェイスだった。というか、「無理やり自分で自分のことを信じてるし、無理クリ自分をいい女と思ってる」の、見え見え。

 喫茶店に入ってページをめくっていたんだけど、「宇宙と一体化する」「神様を自分のなかにみつける」「自分の思考が今あなたのいる世界」「202×年までに気づかないと、五次元の世界へ行くことはできない」「エドガー・ケーシー最高」「或るヨギがどうたら」と、とにかくいろんなもんの詰め合わせって感じで、わたしのように精神世界系の本を中学のときから読んできた者としてはどこからのパクリか丸わかり、ついでにわたしの隣の席でジャストナウ、ネットワークビジネスの勧誘まっさかりで、そっちのほうが気になってしかたがない。

 結局店をすぐに出た。おちつかないから。

「詐欺じゃないし、これ法律的に捕まらないから」と力説しているなんかもうオラついてる男、そしてオドオドしながらそれを聞いてるチー牛、の隣にはギャル。

 Aがボス、Bはカモ、CはBを騙して連れてきた、と。


 もしわたしの見ている世界がわたしの内面を表しているというのならば、わたしはもう完全に終わってるかもしれん。


 この買った本は、去年出たばっかみたいだ。なのにいまどきCDつきときた。普通ダウンロードとかだろ。最近買ったイケメン俳優実演のトレーニング本はQRコードつきだったぞ。あれはあれでめんどいけどさ。

 そもそもCDプレイヤーないし。あ、そうか、こういう系の本って、もう完全に中年向けコンテンツなのかもしれん。あーあ、わたしだって中学生からすりゃBBAだ。そこはもう認めよう。

 若い子はこんな宇宙のパワーとグラウンディングとかなんかより、金を稼ぐことに前のめりなのだ。ザ・ノンフィクションでもトー横で地べたに座り込んでるホス狂いの中学生とか取り上げられてたしなあ。

 わたし中学生の頃、花とゆめ読んでたよ。『ヴァンパイア騎士』熟読してたよ。


 パソコンでCDをかけた。

 内容はもういいや、ってんでひとまずCD聴こう、瞑想ってわたし、いまいちうまくいかないんだよねえ、あ


 あ


 あ


「ここに箱があるとイメージしてください」


「その箱の中に、あなたは目を閉じてゆっくりと呼吸をしながら、思い浮かんださまざまなものを、箱の中に入れるイメージをしていってください」


「あなたは『いま』を生きる、『いま』しかありません」


「あなたの過去の思い出も、未来の希望も、それは『思考』です。『いま』を見ることのさまたげでしかありません」


「あなたの過去は、もう過ぎ去ってしまったどうでもいいことです。後悔も、栄光すら、あなたの『いま』とか関係がありません」


「あなたの未来への希望や不安は、ただの妄想です」


 箱。

 世界が一つの箱。

 社会が一つの箱。

 職場。

 家。

 友達。

 も、箱。

 箱を移動しているだけ。

 この部屋も、箱。

 そもそもの自分も、箱。

 だから、吐いたり、傷をつけて血を流したりすると、痛いのと同じで、すうっとする。これは、外に漏れた感覚なのかもしれない。

 でも、それは、ほんとうに脱出した、わけではない。


 では、死ぬのが脱出なのか。

 脱出とは、解放なのか。

 解放であるのならば、あ


 あ


 あ


「では、自分のタイミングで、目を開けてください」


「呼吸を自然に戻しましょう」


 意外といい感じに脱力できてしまった。なんとなく悔しい。この本の作者、意外にいいかもしれん。

 わたしは立ち上がった。なんだか、ぼーっとしていて、頭が、


 ★


「というわけで、わたし、そのまま部屋に出て階段転げ落ちて、死んだんですよ」

「へーっ、そんなことってあるのねえ」

「いやー、まじで死んだら驚いたっていうか、大霊界とか極楽とか地獄とかないんすねえ」

 同じように死んでる人(名前はもう別に知ったところで、って感じなんで幽霊同士は名乗ったりしない)と代々木公園のベンチに座ってしゃべっていた。

 死んでからわかったのは、しれっと死人は生きてるやつにまぎれてるってことだ。腹も減らないし、眠らなくてもいいから、なんとなくさまって歩いてる。

 死んでる先輩ってかんじの人曰く、じきどんどん薄くなってって、空気になっちゃうんだって。

 あーあ、これ、スピリチュアル本出したらウケるんじゃなかろうか。いや、ウケないか。どこにもいけないし。輪廻転生嘘みたいだし。生きてることに意味なんてないって話だし。

 逆にテンション上がるやつもいるのかな、「いまを生きる!」みたいな。

 わたしはどっちかっていうと、肩の荷が降りたって感じだ。

「じゃ、わたしいくね」

 話し相手になってくれていた人が立ち上がった。

「なんか用事あるんですか」

「うん。ないなー。生きてたとき、ちいかわのグッズ集めて、目黒蓮チェックするとか、バイト先の店長と不倫とかしたり、ブランドもの欲しかったし、もっと痩せたいとか脱毛したいとかって思ってたのに、すっかり薄くなっちゃって、欲が。ていうか、生きて身体があったからこそなんだな、枠組みっていうか、箱がないと、なんの意味もないんだなって」

 箱。ああ、そういや、生きてるときに最後に聞いた声、あのスピ本の瞑想でもいってたよなあ。

「じゃね」

 その人は去っていった。なんだか、遠く小さくなっていくっていうより、どんどん薄くなって世界に溶け込むみたいな去り方だった。

 わたしはあたりを見回した。

 べつに、死んだからって世の中が愛おしく感じる、なんて感慨は起きなかった。

 ただ、圧倒的に自分は一人で、一人ぼっちで、死ぬほど(あ、死んでた)寂しいはずなのに、妙に心が静まっていて、わたしには未来がもうないんだなってことは悲しみを誘わず、過去も誰かに話していなくては忘れちゃいそうで、いましかなかったし、いましかないのに、もうなにもないのだった。

 あの喫茶店にいったら、またネットワーク詐欺師どもがいるのかな。退治できないかな、コーヒーぶっかけてやってもいいな、あ、いまわたしあれだ、無敵の人かも。

 と、目を閉じた。


 ★

「というのがわたしの臨死体験だったわけです」

 そう、結局わたしは目を覚ました。病室で、母親は泣き喚いていて、看護師はうんざりしていて、医者はほっとしていた。

「はあ、そうですか」

 わたしは、あの本の作者のセミナーだか勉強会だかに潜入し、終了後に無理やり声をかけた。そもそも、会場が武蔵野の区民センターってとこが貧乏くさい。客層も騙されそうなやつらばっかで若い子は思い詰めてるしジジイババアは思考停止、講演後の質問コーナーは本に書いてあることをいちいち本人の口から言わせるような内容か、「わたしは子供をおろしてしまい、それがトラウマで」って、おろした子供より自分のことかい、みたいな自己中女の自分語りとか、さんざんだった。なので話の内容は即忘れた。

「はい、先生(いちおう、な)の本のおかげで楽しい経験をさせていただきました」

「病院に運ばれて、一瞬死後の世界見るとか、すごい経験じゃないですか」

 目の前のスピ女は、面倒な客につかまっちゃったな〜って顔を隠すのが大変そうで、ちょいちょい痙攣していた。

「死後の世界も、きっと夢だったんだと思います」

「そうでしょうか」

「光とか野原とか三途の川とかなかったし」

「でも、それって人が死んだ状態に対応できないから、脳というか思考が勝手にイメージするだけなのかもしれませんね」

「はあ、そんなもんですかねえ」

「でも、あなた、すっきりされていますね」

「ああ、なんかもう化粧とか身の回りのこととか気にするの無駄だなって思っちゃって。逆にやばいですよね」

「飾らなくて、いいと思うわ」

「はい、ありがとうございます」

 わたしはお辞儀をして、会場を去った。

 なにも面白くないのだ。なんだか、現実が、世界が、なにもかもが。それはニセ臨死体験以前の「なんとなく死にたい」とは違ったかたちだった。

 悟りを開いたお坊さんもこんな感じなのか?

 あ、そうか、あのスピ女に、質問したかったんだ。だからわたしはわざわざ講演後にずかずかと話しかけたりしたんだ。質問コーナーで堕胎女がしゃべり散らかしていたもんだから忘れたんだ、同情はするけど、あの野郎!

 なんだかいましかわたしはない。

 そのとき、またわたしは愚かなこことに、歩道橋の階段を踏み外して、


 ★


 ここは、どこだ?

 箱の中かな?





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