絶対に不幸になる店へようこそ

伊崎夢玖

第1話

今日も店には客はいない。

所在地不明、開店時間不明、いつどこに現れるか分からない。

誰かの強い思いが通じた時にその人の元に当店へ通じる扉が開く。

それが我が店である――『破幸はこ』である。


カランカラン、と店の入口の扉に付いているベルが鳴る。

久しぶりの来客だ。

入ってきたのは二十代くらいの女性。

店の中を訝しそうに見渡しながら一歩、また一歩と店の中へ足を踏み入れてくる。


「いらっしゃいませ」

「……」


女性は当然のようにこちらを警戒している。

それでも営業スマイルで続ける。


「何をお探しでしょうか?」

「……し…せの…こ…」

「『幸せの箱』のことでしょうか?」


コクリと女性は黙って頷く。

『破幸』の名の通り、当店は箱屋であり、様々な箱を取り扱っている。

不幸にする箱、病を直す箱、欲求を満たす箱…。

中でも当店イチオシの売れ筋商品は幸せの箱。

その名の通り、使えば自他共に幸せになれる箱である。

ただ幸せになれるだけ?

そんなわけはない。

人生は山あり谷あり、生まれてから死ぬまででプラマイゼロになるということ。

幸せの箱を使うということは、残りの人生で訪れるであろう幸せが一気に押し寄せる。

使えばもちろん反動がある。

訪れた幸せと同等の不幸が一気に押し寄せてくるのである。

人によって、その形は様々であるが、最悪死ぬこともある。

それを承知の上で買い求め、使用するのかと私は問うた。

女性はしばらく考えた後、再びコクリと頷いた。

その目には覚悟が宿っていた。

自分のためなのか、誰かのためなのかは分からない。

だが、その一時の幸せを強く求める欲求を止める権利は誰にもない。


料金と引き換えに彼女に箱を手渡す。


「貴女に忘れられない幸せな時間が訪れますように」


来た時とは打って変わって晴々とした顔をしている女性。

『これで幸せになれる』

まるでそう言っているかのようであった。


「どうか彼女と周りの人たちが想像以上の不幸に襲われませんように」

そう願いながら彼女を見送った。

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絶対に不幸になる店へようこそ 伊崎夢玖 @mkmk_69

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