箱庭療法

真賀田デニム

箱庭療法

 

 ええ、箱庭療法です。心理療法の一つでして、砂の入った箱の中で選んだ玩具を使って何かを作ってもらうのです。


 玩具は、男女・老人・子供・警察官・インディアンなどの『人』。犬・猫・鳥・魚、蛇・などの『動物』。自動車・汽車・飛行機・船などの『乗り物』。木・花・柵・怪獣・神社・石・天使・ガソリンスタンドなど『その他』でして、何を作るかは本当に自由です。

 

 57×72センチの砂箱の上に玩具を並べるだけで喋る必要もないですから、緘黙かんもくの彼にはうってつけの心理療法と言えるでしょう。


 砂に触れるという行為は、治療に必要な適度の退行を促すと言われています。そしてこの箱庭療法では、私の解釈を彼に伝えることはありません。見守ることに徹します。すると彼はどう思うか。カウンセラーである私に分かってもらえるという実感を得ることができ、自己の表現が生じます。


 つまり、このような保護された場面での表現――すなわち象徴表現によって、治療が進んでいくわけです。


 私は彼が箱庭で表現したものの意味を考えなければいけないのですが、良い兆候が見られると信じています。例えば、穏やかな状態や後悔、あるいは社会への適応の表現があるかもしれません。あのような凄惨な事件を犯した彼ですが、ここ最近の態度から彼の心に変化が生じているのは明らかですからね。


 ちなみに彼が箱庭で何も行わないという結果になっても、気を落とさぬようにお願いします。単に興味がないだけか、あるいはまだ表現ができない状態かもしれません。次回には変わる可能性も充分にありますので、そこは前向きに捉えましょう。では行ってきます。



 ◇


 

 扉が開くとカウンセラーが入ってきた。カウンセラーが箱庭療法について説明する。僕はわかったと無言で頷くと、隠し持っていたハサミでカウンセラーの首を裂いた。


 頸動脈から噴き出る鮮血が箱庭の砂を真っ赤に染める。これが僕の箱庭のりようほう。僕の気持ちは伝わっただろうか。

 

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箱庭療法 真賀田デニム @yotuharu

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