いつもの箱で

鷹野ツミ

いつもの箱で


『次のライブもいつもの箱で』

 スマートフォンに通知が届くと共に、車内放送が最寄り駅の名前を呼んだ。

 プシュと開いたドアを、ギターを背負いながら降りる。いつもの箱か、とわざとらしい程のため息が出た。

 駅前のコンビニを通り過ぎると、自宅までの道は何もない暗い道が続く。冷たい風がマフラーの隙間を通り抜け、身体がぶるっと震えた。寒さを紛らわせようと煙草に火をつけ、煙を暗闇になびかせながら歩く。全然寒いが、煙草は美味い。

 いつもの箱か。煙と一緒に、再びため息が出た。

 最近出待ちの女の子も増えて、俺たちはそこそこのバンドになったと思う。色んな女の子とあそべるし、充実したバンドライフだ。だが、流石に幽霊とあそぶのは厳しい。そしてそれは俺のファンらしい。勘弁してくれ。ボサボサの長い髪と白いワンピース姿で出待ちしてるんだよな。

 今のところ話しかけられたり何かされた訳ではないが、じっとりした視線に鳥肌が止まらない。

 バンドメンバーにはそんな子居た?と言われるし、憂鬱すぎる。

 頭の中でぐるぐる考えているうちに煙草はほとんど灰になり、自宅のアパートは目と鼻の先だ。

 幽霊のことを考えていたら人肌が恋しくなってしまった。駐輪場の知らない自転車に寄り掛かりながら女の子の連絡先をばーっとスクロールして、適当に止めた。誰の番号か分からないが、声を聞けば分かると思う。一応音感は良い方だから。

「あ、もしもし?夜遅くにごめんね?ちょっと会えないかなあなんて……」

『……待ってる』

「ん?なに?」

『……箱で、待ってる』

「へ?」

『……いつもの、箱で、待ってる』

 早急に電話を切った。

 これ絶対あの幽霊だろ!最悪だ。番号を登録した覚えもないのに。

 帰って寝よう。そう思い、アパートの階段を上がった。

 不意にスマートフォンが震えて俺の肩が跳ねた。画面に触れていないのに勝手に通話が始まる。

『……いつもの箱で、待ってる』

 冷たい風がマフラーの隙間を通り抜けた。



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