ぺた
九十九 千尋
はぁ、これだから神は
ある時、悪魔は神に遊びを持ちかけた。
遊びの内容は「人々がある単語を喋るのを禁止し、もし言ったらその“単語”を悪魔は貰える。とはいえ、元々その単語が意味する物に新しい名前を付けるのは構わない」という、人間たちの社会を利用した壮大な、しかし何ともしょうもない遊びである。
神はこの遊びに連敗しており、その結果人々の世界から消えた固有名詞は多くあったが、元々それが何を意味する単語であったのか、どういう単語であったかも知る術も必要もなくなっている。
そうして単語が失われたところで、新しい名前を付ければ特に人々に支障はない。強いて言うなら、神と人々が会話できなくなっていくぐらいであり、悪魔としてはそれが目的であった。
今回の“単語”の取り合いの遊びで悪魔は「箱」を指定した。
人々が「箱」と言ったら、人々の世界から「箱」という単語が消失する。
神としては人々と会話ができなくなっていくことにそこまで頓着していなかったが、単純に神は負けず嫌いであった。
そのため、神は「箱」という単語を全て「ぺた」という単語に差し替えるという、ルール無用な手段に出た。
ハコフグはペタフグに、箱根はペタ根に変わる。引っ越しに使うのは段ボールぺた。猫は香ぺた座りをし、人々はぺたに物を入れて整理するし、ミステリーではぺたの中身を物語の最後まで引っ張る。
とはいえ、雲と蜘蛛、牡蠣と柿、という様に同音異義語は元々存在するので、キャラクターの足音がぺたぺた鳴ろうがテラの一つ上の単位がペタでも、人々は特に気にしなかった。
神は勝利を確信し、実際誰も件の単語を口にしなかった。
だが神は敗北した。
何故神は敗北したのか、納得がいかずに悪魔に苦情を申し入れた。
悪魔は笑いながら、実際に禁句が口にされた場面を神に見せた。
ある人が「ぺた」を指さして言ったのだ。
「はぁ、これは立派なぺただ」
どこも「箱」と言って無いと抗議する神に、悪魔は今一度よく聞くように促した。
「はぁ、これは立派なぺただ」
ぺた 九十九 千尋 @tsukuhi
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